■変わらない想い(大学生パラレル)

「……鳴上と連絡がとれない?」

鳴上と連絡がとれなくなったとりせから電話が来たのは、講義とアルバイトが終わり自室へと帰り一息ついた時だった。
何やら興奮気味に叫ぶりせの声を聞きながら、考える。
高校を卒業し、それぞれの進路に進んだ後も、仲間達との交流は続いていた。
それぞれ適度に連絡は取りあっているが、誰もが鳴上とはマメに連絡を取っているようで、中でもりせは、かなりの頻度で鳴上に連絡していた。
だから鬱陶しくなったとか、と一瞬考えて、ないな、と思う。
そういう奴ならば、最初から陽介達に手を差し伸べることなどなかっただろう。
あの時の仲間達は誰もが、どこかはみ出していた者達だったから。
理由は様々だったが、そんな面倒な者達に手を差し伸べるような者が、今更鬱陶しくなったからと連絡を断つことなどありえない。
しかもどうやら、連絡が取れないのはりせだけではなく、直斗や完二もだそうで、流石に心配になる。

「分かった。俺から連絡とってみる」
「とってみるって、花村先輩、悠先輩に最近会ってないの?」
「俺も忙しいんだよ、色々と」
「花村先輩なら何か知ってると思ったのに」

悪かったな、と心の中で思う。
連絡とれたら教えてね! と言うりせの声を最後に、通話は切れる。
はあ、と溜息を吐いて、陽介は鳴上へと電話を掛けた。
だが――何度かけても鳴上が電話に出ることはなかった。
流石にこれは、何かあったのかと心配になる。
鳴上と連絡が取れなくなったのは、これが初めてだったから。
稲羽の堂島家へと連絡をしようとして、やめる。
彼らに心配をかける事は、鳴上が望まないだろう。
本当に何かあったのならば、菜々子か堂島から連絡が来るはずだ。
だから、きっと大丈夫。
そう言い聞かせて、陽介は考える。
こういう時同じ大学だったなら、と思ってみてもどうしようもない。
ならば、鳴上と同じ大学に通う知り合いを頼るしかないだろう。
幸い陽介がアルバイトをしている所に、鳴上と同じ大学に通う者がいるのだ。
しかも、鳴上の事を知っていると言う。
親しい訳ではないが、話くらいはすると言っていたから、鳴上が大学に来ているかどうかくらいは分かるだろう。
そう思い、陽介は電話する。
珍しい時間の電話に相手は困惑した声を上げた。

「鳴上? 今日大学で見かけたけど……どうしたんだ?」
「あー、いや、特に何かあったって訳じゃないんだけど」
「喧嘩でもしたのか?」
「まあ、そんなところ。悪い、ありがとな」

また、バイトで。そう言って電話は切れる。
鳴上が大学に来ている事が分かれば、捕まえる事は出来る。
あまり深く聞いて来なかった相手に感謝しつつ、明日鳴上の大学へ行こうと思った。

翌日。
講義が終わり次第、陽介は鳴上の大学へと向かい、校門の辺りで鳴上が出てくるのを待つ。
待ちながら、良く考えたら今日鳴上が大学へ来ているのかも分からないし、来ていたとしても、講義が何限まであったのかも分からない事に気づく。
もしかしたらもうとっくに帰ってしまったかもしれない。
昨日冷静に対処したつもりだったが、やっぱり動揺してたんだなと改めて思う。
とにかく待つしかない。
今日会えなければ、明日また来ればいい。
バイトがない日ならば、時間には余裕があるのだから。
もう今日は諦めようかと思った途端、見覚えのある人影が見える。
こちらが気づいたのとほぼ同時にあちらも気づいたらしく――足を止める。
躊躇うような様子を見せたのは僅かな時間で、鳴上はそのまままっすぐ陽介へと向かって来た。

「……」
「どうした? とは聞かないんだな」
「場所を移そう。ここからなら俺の家の方が近いな」

陽介の問いには答えずに、鳴上は淡々と話を進める。
逃げる気はないらしいと分かり、陽介はそれ以上何も言わずに鳴上の後をついて行った。


「陽介がこんなに早く行動するとは思わなかった」
「どういう意味だよ、それ」
「誰から連絡がいったんだ?」

鳴上の家につき、座った途端言われた言葉に、反射的に言葉を返す。
普段なら当たり前のように返ってくる言葉がなく――陽介は驚く。
何を考えているのか知らないが、どうやら思った以上に深刻な状態なのかもしれない。

「りせから鳴上と連絡がとれないと電話がきた」
「ああ、りせか」
「最初は鬱陶しくなったのかとも思ったんだけどな」
「まあ、正直全くそれがないとは言わない」
「お前、そういう奴じゃないもんなあ」
「そういう奴って、どういう奴だよ」

あれ? と陽介は思う。
なぜそこに突っかかってくるのかが分からなかった。
それ程おかしなことを言っただろうかと考える。
でも取り敢えずは、鳴上の問いに答えてみようかと思った。

「俺みたいなはみ出し者に関わってくる変わった奴」
「……今はもう違うだろう」
「自覚あったのか」
「どういう意味だ」
「お前、俺たちが周りから少しずつはみ出してるの気づかないで関わってきてたのかと」
「陽介の事は後から知ったが、流石に他は分かるだろ。完二やりせはあからさまだしな」
「俺に関わっちゃったから仕方なく?」
「違う」
「分かってるよ。――で? 何があった?」

部屋の中の一切の音が消えた気がした。
遠回しに聞いたって仕方がないし、陽介には鳴上が考えている事が分からない。
分かることもあるが、今回は分からなかった。
高校の時だったなら分かったかもしれないな、なんて思う。
高校を卒業し大学へと進み、会う機会はかなり減った。
常に近くに居たあの時ならば、僅かな変化にも気づけた自信がある。
だが、互いに年を重ね、色々な人と関わり、変わった部分もある。
陽介から見たら鳴上はあまり変わらないように見えるが、でもそんなことはないだろう。
あの頃分からなかった事が分かり、その代わりに失ったものもある。
そんな中で鳴上が何を思い皆から連絡を絶ったのかなんて、分からなかったから。
だから、率直に聞いた。

「俺は、いつまで皆のリーダーなんだろうな」
「は?」
「皆の変わらない想いが――重い」
「……」

そういう事かと陽介は思う。
今でも皆の中では鳴上は頼れるリーダーで、だからこそ、何かあれば鳴上を頼る。
あの頃分からなかった事が分かるようになって、それでもまだ分からないこともあって。
そんな変化の中、皆の一途な変わらない想いが、重くなってきたのだろう。
あの頃と何も変わらない想い。

今よりまだ何も分からなかったからこそ、出来たことで。
だからこそ、ただ前を見てまっすぐ進めた。
今ならば。
同じようにはいかない事くらい、陽介も分かる。
結末だってきっと違うだろう。

鳴上の言う事は陽介にも分かる。
だが、鳴上は分かっていないとも思う。
あの頃と変わったのは鳴上だけじゃなく、皆同じだ。
皆同じように年月を過ごし、多少の違いはあれど、経験を積んできた。
その中で得たことによって、鳴上はあの頃感じなかった責任の重さを、感じているのだろう。
恐らく皆は、全てを鳴上に背負わせるつもりはない。
その辺り鳴上はリーダー気質というか、全てを背負おうとしてしまう。
変わらないな、と陽介は思う。
鳴上の変わらない質は嬉しくはあるが、そのお陰で色々大変だったなと思い出す。
全部自分一人で背負って行こうとするのを何度止めたか。
何度陽介にも頼れと言ったか分からない。
またかと思いつつ、仕方がないなとも思う。
恐らくそれは、この先も変わらないだろうから。
考え込む陽介の耳に鳴上の声が届く。

「あの時はただ進むことしか出来なくて、だからただまっすぐ前だけを見て進んだ。あの時の俺には、それしか出来なかったから。皆はそんな俺を信じてついてきてくれた。リーダーらしいことなんて、何もしてなかったのにな」
「リーダーらしいことしてただろ」
「してない」
「あのなあ。……俺なら、完二とあんな風に関わることは出来なかった」
「……」
「りせだって直斗だってそうだ」
「陽介」

陽介の名を呼び、それ以上鳴上は言葉を紡ごうとしない。
誰にでも同じように接する鳴上を見て、陽介は仲間達に嫉妬することだってあったのに。
鳴上は俺の相棒なのに、なんて何度思った事か。
誰よりも自分を一番に、なんて思っても、叶わなかった。
恐らく鳴上は意識してやっていた訳ではないのだろう。

陽介にも覚えはある。
親しくなってもどうせ今だけだという諦め。
だから、必要以上に深く関わることはなかった。
何に執着することも、なかったから。
だからこそ、無意識に誰に対しても同じように接することが出来たんだろう。
けれど、あの日々の中鳴上は変わった。
変わっても、皆に同じように接するところは変わらなかったから。

鳴上は気づいてないかもしれないが、鳴上にとって菜々子だけは特別だった。
それは、仲間達誰もが気づいていただろう。
菜々子がまだ小さいからというのを除いても、誰にでも同じように接する鳴上が、菜々子に対してだけは違っていたのだから。
まあそれも、気づいてないんだろうけれど。
だから、鳴上が誰かを特別視することはない、なんてこともない。
それにも関わらず、仲間達皆に同じように接することが出来たのだから。

だからこそ、リーダーだった。
戦わなければいけない状況の中、誰かを特別視するような者の指示には従えない。
テレビの中という特殊な世界とはいえ、怪我もするし、命の危険だってあったのだから。
分かっていないだろう鳴上に、言わなければならない。

「お前なら、変な偏見なしで俺たちを見てくれる。それが分かってるからな」
「……それは、陽介だって同じだろ」
「今なら、な。お前は最初からそうだった。だからこそ、あの時と置かれた状況が違っても、いや違うからこそ、お前を頼る」
「……」
「重いなら、少しくらい俺が持ってやるよ。だから、俺にくらいは言え、そういうこと。それと、俺の電話を無視するな」
「……そっちが本題か」
「そうだよ、悪いか。何で俺の電話まで無視するんだよ、お前は」
「いや、なんとなく」
「何となくで無視するな」

そう言えば、鳴上はやっと微かに笑う。
どうやら調子が戻ってきたようだと、陽介は思った。

「……今度から陽介を頼ることにするよ」
「ああ、そうしろ」
「そう言えば、あの頃も言われたな、陽介に」
「お前が何でも全部一人で背負って行こうとするからだろ。どれだけ心配したか――」
「陽介は心配性だな」
「いや、そうじゃなくて。……まあいいや。とにかく、俺の電話まで無視するのは本当にやめてくれ、頼むから」
「分かった。出来る限りは無視しないようにするよ」
「出来る限りじゃなくて。――お前は、本当に……」

変わらないよな、と陽介は続ける。

「変わらないのは陽介の方だろ」
「いーや、お前の方が変わらない」

互いに言い合い、どちらも譲らない。
仲間達が見たら、どっちも変わらないと言いそうだが、残念ながらこの場には二人しかいないのでどうにもならない。
譲らない言い合いは「不毛だな」という鳴上の呟きによって、終わりを告げた。

「……とにかく、今回は悪かった。りせには俺の方から連絡しておくよ」
「りせだけじゃなくて直斗や完二も心配してたらしいぞ」
「分かった。皆に連絡しておく。……りせには陽介から連絡して、はくれないよな、やっぱり」
「他の奴ならともかく、りせがそれで済む訳ないだろ」
「だろうな。嫌って訳じゃないんだが、長くなりそうだからな」
「まあ、頑張れ。それだけは、俺もどうしようもない」
「分かってる。――陽介、夕飯食べて行くだろ?」
「ついでに帰るの面倒なので泊めてください」

分かった、と笑って鳴上はキッチンへと向かう。
その背を眺めて、良かったと陽介は思っていた。

これからも俺達は、どうしたって鳴上を頼ってしまうだろう。
皆にとって鳴上はリーダーで、それはきっとこれからも変わらない。
駆け抜けた日々は今でも鮮烈に焼き付いていて、これから先も忘れることはないだろう。

前を走る頼れる背中を思い出す。
追い付きたいと必死に追いかけていた日々。
追い付けたという実感はないが、肩を並べる事くらいは出来ているだろうか。
皆のリーダーであり続ける鳴上を、支えることは出来ているだろうか。
出来ていたらいいと思う。
変わっていく日々の中、変わらない想いを抱えていきたい。
大切な、変わらない想いを。



END



2018/01/26up : 紅希