■傘

今日で三日目か、と窓の外降り続く雨を見て思う。
梅雨だから仕方がないのは分かっているが、どうしても憂鬱になる。
降り続く雨に良い思い出はない。
もう過去の事だと分かっているが、どうしても「急がないと」と思ってしまうから。
休日だという事もあり、窓の外行きかう人も普段より少ない。
それでも、傘をさし歩く人はそれなりに居て、色とりどりの傘が綺麗だななんて思う。
雨の日にこんな風に窓の外を眺める事は珍しくはないが、こんな事を思うなんて初めてかもしれない。
雨が続くと焦りばかりが浮かび、もう終わった事なのに、いつまでも抜け出せない自分に苛立つ事の繰り返し。
一緒に暮らしている鳴上が平然としているように見えるから尚更、自分だけが前に進めていない気がして、余計に自分自身に苛立っていた。
けれど今日は、焦りはまだあるが、色とりどりの傘が綺麗だなんて思えたから。

「少しは前に進めたかな」

と思わず声に出し呟く。
誰もいないと思っていたからこその独り言に、まさか返答があるなんて思わなかったから。

「――何を見ているんだ?」

背後から突然声がかかり、驚く。
頼むから気配を消して近づくのはやめてくれと思いながら、まあ言っても無駄かと思い直す。
恐らくはわざとやっている訳ではないのだろうから。

「傘って意外といろんな色があって綺麗なんだなと思って、見てた」
「傘、か」
「なんだよ」

何か言いたげな様子の鳴上に、陽介は問う。
聞かなきゃ良かった思ったのは、後になってからだった。

「いや、俺は傘と言うと陽介を思い出す」
「――は?」
「傘をさして自転車に乗っていた陽介がゴミ箱に――」
「ストップ! お前それは忘れろ!」
「無理だな」
「頼むから忘れてくれ」
「忘れたくても忘れられないだろ、あれは。登校初日に見た光景があれ、だからな」

確かに俺だって忘れていない。
いや、忘れられない。
正直あの時あの場所に鳴上が居たかどうかは覚えていない。
そりゃそうだろ。
転校生の顔なんて知らないのだから、仕方がない。
それにそういえば――あの時誰かに声を掛けられた覚えも助けられた覚えもない。

「お前あれ見てて助けようとか思わなかったのか?」
「そっとしておこう、と思った」
「あ、うん。まあ、そうだよな」

俺でもそうする。と陽介は思う。
あの時の陽介と鳴上は、知り合いでさえないのだから。
それに、あの頃の陽介は、そこまで深い付き合いをしていた友人は居なかったはずだ。
誰とでもそれなりに仲良くはしていた。
ジュネスの息子と言うだけで遠巻きにされていたし――どうせまた引っ越すだろうから、自分から適度に距離を置いていた。
だからきっと、あの時の陽介を助けてくれる友人なんて居なかったはずだ。

なのに今目の前には、失くしたくないと思える存在が居る。
あの非日常の日々の中で手にした、大切なモノだ。
失くしたくないし、絶対に失くせないモノ。
そんな存在に出会えるなんて、あの時は思ってもいなかった。

高校を卒業し、共に大学に進学し、こうして共に過ごしている。
進んだ大学は別々だが、それでも共にある。
互いに遠回りもしたけれど、共に在りたいと思った相手は、他にいなかったから。
大切な存在と共に在れるなら、それだけでいい。
降り続く雨に苛立ったとしても、受け入れてくれる存在があるから、それでいい。

「梅雨も、もう少ししたら終わる」

唐突に鳴上がそう言う。
降り続く雨に、陽介が何を思っていたのか分かっていたのだろう。
恐らくは鳴上も、同じような事を思っていたのかもしれない。

「雨が晴れたら――出かけるか」
「そうだな」

降り続く雨も、いつかはやむ時が来る。
傘をさせば、出かける事だって出来る。
そうやって進んでいけばいつの日か全ては過去になるだろう。

――共に在れるなら、何があろうと進んでいける。

雨の日は傘をさして、少しゆっくり歩けばいい。
隣にある存在は、先に進んだとしても立ち止まり待っていてくれるから。
追い付くまでずっと。



END



2019/07/20up : 紅希