■聖夜
夢を見て、目が覚める。
冬だと言うのに、全身汗だくだ。
布団の上で半身を起こして溜息を吐く。
恐らくもう今日は、眠れないだろう。
あの日、菜々子が攫われて以来、何度こんな事があっただろうか。
菜々子を助け出すまでは、間に合わずに菜々子を失う夢を何度も何度も見た。
助け出しやっとそんな悪夢からも解放されたはずだったのに。
あの日、一度菜々子の心臓が止まって以来、またこうして夢を見るようになった。
真犯人も掴まえて、街を覆っていた霧も晴れた。
今は菜々子の容体も安定していて、近いうちに退院の見通しも立つだろうと言われている。
だが、夢の中の菜々子は――目を覚ます事はない。
あの時止まった心臓が再び動く事がないのだ。
何度も何度も見る夢。
病室に響く、もう菜々子の心臓が動いていないのだと示す機械の音。
忘れられないあの光景を何度も何度も繰り返し夢に見る。
はあ、と溜息を吐きだして、鳴上は立ち上がり部屋を後にする。
階段を下りて、台所で水を飲む。
自分以外の人の気配のない家は、静かで。
自分以外誰も居ない家なんて慣れているはずなのに、落ち着かない。
外が明るくなるまでにはまだもう少し時間がある。
仕方ないから部屋で本でも読もうかと、鳴上は再び部屋へと戻った。
それが、22日から23日へと変わった夜の出来ごと。
結局それ以降一睡も出来ずに朝を迎える事になる。
今日が休みで良かったと思っていた。
出掛ける気にもなれずに、自分以外の誰もいない家で過ごす。
昼を過ぎた辺りから特別捜査隊の仲間や、部活の仲間などから24日のクリスマスに一緒にと誘われるが、どうしても行く気にはなれなかった。
「そう言えば、陽介からは電話来なかったな」
すっかり陽も沈み、辺りは暗くなって来ている。
じっと薄暗い部屋の中で携帯を見つめてみても、鳴るはずもなく。
思わず溜息が洩れる。
一緒に過ごしたいのならこちらから電話すれば良いだけの事だ。
それなのに、そんな気になれずにただじっと鳴らない携帯電話を見つめる。
クリスマスを誰かと過ごす気にもなれなくて他の仲間の誘いを断ったと言うのに。
それでも、陽介となら――そう思ってしまったのだ。
しばらく携帯を見つめて、溜息を一つ零して、ポケットにしまう。
どうしてもこちらから掛ける気にはなれなかった。
だからと言って、電話が掛ってくる予定もない。
結局その日は、陽介から電話が掛って来る事はなかった。
24日夕方。
何となく家に独りで居る事に耐えられなくなって、鳴上は外へと出る。
目的地もなく歩いて、ついた先はジュネスだった。
何故ジュネスに、とは思うが、また別の場所へと行くのも何となく違う気がして。
仕方なくフードコートへと向かう。
空いている場所に座って、ふぅ、と息を吐きだした。
ポケットから携帯を取り出して眺めてみるが、鳴る気配はない。
再びそれをポケットにしまって、茜色に染まった空を眺めた。
何をするでもなく、ぼうっと空を眺めていると、ポケットにしまった携帯電話が鳴る。
取り出して見れば陽介からで――しばらく「花村陽介」と表示される名前を眺めて、慌てて電話に出る。
「悠? お前、今何処に居る?」
「……ジュネスのフードコート」
何故行き成りそんな事を聞かれたのかも分からないが、取り合えず素直に答える。
鳴上の答えを聞いた陽介は、何故か黙ってしまい、鳴上も饒舌な方ではない為陽介が話すのをただ黙って待つ。
電話をしているにも関わらず無言の時間がどのくらい流れただろうか。
「なあ、何でそんなところに居る訳?」
「なんとなく?」
「何で疑問形なんだよ!」
はあ、と深い溜息が電話口から聞こえてくる。
「まあ、丁度いいか」という呟きが聞こえて来て、次いで普段通りの口調で陽介が言葉を続けた。
「今から行くから、そこで待ってろ」
「――ああ」
返事をすれば電話はそこで切れる。
一体何なんだと思いながら待てば、何故か結構な荷物を持った陽介が直ぐに現れた。
「何だ、その荷物」
「お前さ、誰からもクリスマス誘われなかったのか?」
テーブルに明らかにケーキの箱だと思われる箱と重そうな袋を置いて、陽介が問う。
どう見てもケーキだと思われるその箱が気になったが、取り敢えず問いに答えた。
「誘われたけど」
素直に答えれば、陽介は恨めしげな視線を向けて深い溜息を零す。
だから、誘われたけれど全部断ったとは流石に言えなかった。
だがどうやら陽介は察したようだ。
「……誰に誘われたのかは聞かない事にする。……なあ、誘われたのに何で独りでこんなところに居るんだよ」
「なんとなく?」
「だから、何で疑問形なんだっての。……まあいいか。これからお前の家に行くぞ」
「なんで」
「これ見れば分かるだろ。クリスマスだよ、クリスマス」
「陽介と二人でか?」
「俺は誰からも誘われてないからな」
「……そっか」
「もう少し何か反応してくれ。頼むから」
「じゃあ、クマは?」
「何でクマなんだよ。……あいつなら、完二が独りで可哀相だからとか何とか言って、出掛けた」
「そうか。これ、持てばいいのか?」
そう聞けば、陽介はがっくりと肩を落として溜息を零す。
どうみてもケーキが入っているだろう箱と、もう一つの袋はざっと中を見た限り、クリスマスらしい惣菜だった。
二人でクリスマスをと言うのは本当なんだろう。
ならば荷物を一つ持った方が良いかと思って聞いたのだが――ケーキの箱を持てと押し付けられて、鳴上はそれを持つ。
行くぞ、という陽介の言葉に頷いて、茜色に染まる景色の中を歩き出した。
誰も居ない堂島家は当然明かりはついていなくて。
鍵を開けて中に入る。
一ヵ月程こんな生活をしているのに、どうしても慣れなかった。
この家に独りで居ると何とも言えない気分になる。
独りなんて慣れているはずなのに――。
「お前の部屋でいいよな」
「――ああ」
陽介の言葉で我に返る。
陽介が探るような視線を鳴上に向けている事は分かっていたが、気付かない振りをした。
お皿やグラスや箸と言ったモノが必要だろうと思い、陽介に先に行っててくれと言う。
二階へと上がって行く陽介を見て、小さく溜息を零した。
必要だと思われるモノを持って、鳴上も二階へと上がる。
テーブルの上にはクリスマスらしい惣菜が並べられていた。
「じゃあ、男二人でクリスマス、始めますか」
陽介の明るい声に、鳴上も肯定の返事を返す。
自分を気遣ってくれているのだと言う事が良く分かった。
そう言えば「お前、本当に大丈夫か」と何度か聞かれた覚えがあると今更思い出す。
菜々子を助け出すまでは、早くと気が急いて、余裕なんて全くなくて。
家に帰っても休まる事もなくて。
そしてそれは、菜々子を無事助け出した後も、続いていた。
だから、陽介が自分を心配している事に気付いてはいたが、どうする事も出来なかった。
そうか、そう言う事だったのかと改めて思う。
陽介が持ってきたモノを食べて、飲んで、他愛もない話をして――やっと、ああもう大丈夫なんだと心から思えた気がした。
そうして思い出す。
ずっと陽介から電話が掛って来るのを待っていた事を。
他の誰でもなく、陽介と一緒に過ごしたいと思っていたのだから。
「ありがとう」
「なんだよ、突然」
「いや、クリスマス陽介と一緒に過ごしたかったから」
「――はあ? お、お前、なんだよ行き成り」
「ん? どうした、陽介」
「どうした、じゃねーよ。全く、何なんだよ。一緒に過ごしたいなら電話してくれば良かっただろ」
「陽介に誘って欲しかったんだ」
「……あのなあ。あーもういい。お前もう喋るな」
ガシガシと頭をかく陽介を、無言で眺める。
顔が赤いように見えるのは気のせいだろうかと思いながら、鳴上は微かに笑った。
誰かと一緒にクリスマスを過ごす気分じゃなかったのは確かだ。
いや、違うか。
最初から、陽介と一緒に過ごしたかったのだ。
だから、他の誰に誘われても、一緒に過ごす気にならなかった。
鳴らない携帯を見て、何とも言えない気持ちになったのも、今なら分かる。
独りでこの家に居る事に耐えられなくて、けれど、陽介以外の誰かと過ごすのも嫌だった。
だからそう、今こうしてこの家で陽介と共に過ごす時間が、何よりのクリスマスプレゼントだ。
「お前ってさ、意外と我儘だよな」
「ああ、自覚してる」
「そうかよ」
まあ俺も、一緒に過ごしたいと思ってたから――そう、小さく呟かれた言葉に、鳴上は思わず笑う。
もう一度「ありがとう」と言えば、「おお」とだけ陽介は返して、顔を逸らす。
それを見て鳴上は、また笑った。
どうせ翌日ジュネスのフードコートに集まる予定だからと、陽介は泊まって行く事になる。
久しぶりに自分以外の誰かが居る家は、温かかった。
END
2011/12/24up