■風の吹く場所

 新都のショッピングモールをひときわ目を引く金髪の青年が歩いていた。
 普通の日本人の認識では“外人”が歩いていれば目立って何となく見てしまう。
 それだけの事だったが、青年はその奇異の目をさも当然のように受け止めていた。

 英雄王たる我に民草の視線が集まるのは当然の事だ。
 特別、意に介する事でもなかろう?

 敢えて言葉にしなくても滲み出る、傲岸不遜な態度。
 それがある意味自信に満ちているように見えて、さらに衆目を集めていた。
 青年―――ギルガメッシュは、ふと足を止めて近くのショ―ウィンドウを眺める。
 そして「ほぉ…」と感心したように呟くと、店の中に入って行った。

 「いかがでございますか?」
 「ふん、悪くないな。」

 これも貰っておこう、という一声でカウンターにキープされた服はすでに数着にのぼる。
 だが、まだ終わらずに次の商品を選びに入った。
 店員の媚びを売るような卑屈な表情は気に入らなかったが、扱う服のセンスは彼の意に沿ったらしい。
 10年前にこの世界に呼び出されてから、ギルガメッシュが最も時間を遣っているのが服選びだ。
 当たり前の事だが、四千年を遡る彼の生きた時代には今の素材も縫製技術も無い。
 ある意味で、この世に甦った事を示す象徴たるものが服だった。

 「全部で16点、合わせまして27万8190円でございます。」
 「ああ。カードで一括だ。」

 そう言って言峰に預けられたクレジットカードを店員に渡す。
 ギルガメッシュは店員にサインを求められると、異議を唱える事も無く優美な動きでペンを取った。


 遠坂時臣をマスターとしていた頃、ギルガメッシュは買い物ひとつでも常に揉めていた。
 現金主義だと言って譲らない名門の当主と、そもそもこの世の全ては自分の物だと思っている英雄王。
 商品を掠め取るなど言語道断という主張と、我に選ばれる事をむしろ光栄と思えという主張。
 相容れず、ギルガメッシュが服を選びに行くたび、時臣は後ろから鬱陶しくついてきた。
 そんな二人を間近に見ていた今のマスター・言峰は利口だった。

 『カードで一括、と言えばいいのか?』
 『ああ。これは自分のものだと署名をするだけで良い。』
 『面倒だがその程度は仕方あるまい。愚民に我の所有物は分からぬだろうからな。』

 それだけのやり取りで英雄王を納得させてしまったのだから。
 さらに念を入れて、ギルガメッシュの好みそうなゴールドカードを預けてやった。
 一介の神父には大金だと思う額を浪費されても、経費として組織のダミー口座から支払われるから問題ない。


 「荷物は冬木の言峰教会に届けておけ。」
 「かしこまりました。またのお越しをお待ち申し上げております。」

 深々と頭を下げる店員を振り返る事も無く、ギルガメッシュはショッピングモールを後にした。
 次に向かう先は、高層ビルの立ち並ぶ新都のオフィス街だった。
 勝手知った様子で一番高い建物に向かい、屋上から冬木市の方角を遠く見遣る。
 瘴気なのか、魔力なのか、町をひとつ飲み込むように黒いベールがかかって見える。
 言峰は、前回の聖杯戦争と同じように淡々と敵同士が争って数が減るのを待っていた。
 だが、そろそろ討って出てもいい頃合いだろう。
 そうであれば、正装とは言わないまでも身なりを整えて敵を迎えるのが王たる者の在るべき姿だ。

 ―――何より、かのアーサー王に邂逅するその瞬間が、待ち遠しくて堪らない。

 衛宮切継に絶望し失意のまま己が現生に還り、再び呼び出された先がまたこの地だったとはアレも運が無い。
 10年前よりもさらに無様に地に堕ちもがき呻く姿を想像しただけで、心地よい疼きが全身を駆け巡る。
 その身体をより滾らせるように、高層ビルの間を縫って突風が吹き抜けた。


 手に入れたいと思う心に任せてメソポタミアの地を蹂躙していた生前の話。
 いざ攻め入るつもりで敵地を眺める時、ギルガメッシュの隣には必ず親友がいた。
 親友と言っても元々はギルガメッシュが土塊から作りだした人形だ。
 故に、戦闘の腕前は好敵手と思わせるほど巧みだったが、感情をあまり上手く理解できなかった。

 『今からあの地が我の物になると思うと、この風も心地良いな。』

 敵地を眺めるのはそこを見下ろす高みから、というのが常だ。
 高い場所というのは下から撫で上げるように風の吹く場所でもあった。
 親友は風が強い弱いという言葉は理解したが、心地良いという感情を知らなかった。

 『ギルガメッシュ、心地良いとは何だ?』
 『…は、お前、心地良いも、知らずに…?』

 真顔で聞く親友に、ギルガメッシュは途切れ途切れの言葉と盛大な笑いを返した。
 人形であった親友が感情を理解し始めたのは、ギルガメッシュが女を与えた為だと言われている。
 ギルガメッシュ自身もそうだと思っていた。
 それが、女と相対して心地良いという感情も知らないとは。
 与えた女は『心地良い』が分からぬ親友を前に、どう、接したのか。
 想像すればするほど笑いが止まらなくなった。
 これから戦いに出ようとしているのに、敵地を見下ろしながら腹を抱えて笑っている。
 実を言えば、そんな自分も可笑しかった。

 見下して冷笑するのでもなく、嘲笑するのでもなく。
 ただ可笑しくて込み上げてくる笑いを抑えられない事など、いつ以来だったろう。
 元が人では無い何物かであろうと、この男は確かに自分の親友だと事あるごとに実感した。


 ギルガメッシュは、今でも戦いに赴く時、風の吹く場所で戦場を見下ろしながら友を想う。
 神を侮辱した自分の咎で命を奪われてしまった親友は、まだ我の隣に立ちたいと言うだろうか。
 そんな疑いは一筋も胸をよぎらない。
 ―――我が親友と認めた者ぞ。
 不敵に笑うギルガメッシュの隣には、感情の無い顔で冬木市を見つめる親友が立っている気さえする。
 小高い丘と高層ビルでは見える景色も違うが、頬を身体を撫でる風は生前と同じように心地良い。
 
 「行くぞ、エルキドゥ。」

 風に背中を押されるように呟いて、ギルガメッシュは教会に帰っていった。



END



2011/02/19up : 春宵