■同じ空の下

秋霖学園の屋上から空を眺める。
茜色に染まり始めた空を眺めて、この同じ空の下に君は居ないのだと改めて思う。
ここに居る君は、過去の君であって、けれどやはり別人だ。
だが、俺にとっては君ともう一度会うために必要な大切な人でもある。
茜色に染まる空を眺めて、君を想う。
もう直ぐ君に会えるんだと思えば嬉しくもあり、けれど不安でもある。
君はきっと俺のしたことを喜ばないだろうと分かっているから。
それでも、いい。
君が生きて傍にいてくれさえすれば、それで。
そんな神賀の思考を遮ったのは、楽しげな生徒達の声。
茜色に染まり始めた空から視線を下げれば、帰って行く生徒達の姿があった。
ここの生徒だった頃、屋上は立ち入り禁止になっていたから、ここに来た事はなかった。
先生の特権だなと思いながら、帰って行く生徒達の姿を眺める。
楽しげに笑いながら帰って行く生徒達を眺めて、俺もあんなだったんだろうかと一瞬思い、直ぐ否定した。
子供らしくない子供だったと言う自覚くらいある。
そう言われたことも一度や二度じゃなかったのだから。
だから、あんな風に楽しそうに笑い合うなんて事は、なかった。
いやでも彼女と出会ってからは、ああだったのかもしれない。
子供らしかったかどうかは分からないが、それでも、楽しいと確かに思っていたのだから。

「楽しかったな」

撫子と理一郎と、そして俺と。
三人で過ごした日々を思い出す。
同じ空の下、確かに彼女は存在していた。
直ぐ傍に、その存在は確かにあったのだ。
一緒に過ごした時間は、余りにも短かったけれど。
それでも楽しかったと言える。
彼女が俺の世界を変えてくれたからこそ、そう思えたのだろう。
それまでの自分は、ただ生きているだけだった。
いや、生きてさえいなかったのかもしれない。
少なくとも、生きていると実感したことは一度もなかった。
未来に希望も抱けず、目的も見いだせず。
何もない、代わり映えのしない日常が過ぎていくだけだった。
そんな俺の世界を変えてくれたのが、君。
君が居なければ俺は、生きていると実感することすら出来ないのだから。
だから俺は、君を諦められない。
俺は俺の為に、君を取り戻す。
何を犠牲にしても、何と引き換えにしても。
そう思い今日まで来た。

「まあ、流石に世界を引き換えにすることになるとは、思ってなかったけど」

そう言って微かに笑う。
でも、後悔はしていないのだ。
だって、君の居ない世界なんて、俺はいらない。
そんな世界、俺には何の意味もないのだから。
君さえ居れば、他に何もいらない。
壊れた世界だろうが何だろうが、君が居ればそれだけでいいのだ。

帰って行く生徒達の中に、彼女達の姿を見つける。
俺の過去ではなかった光景。
撫子と理一郎と俺と。
過去の俺の世界は、それだけだった。
だが、この世界の俺の周りには――他にも仲間がいる。
それを羨ましいとは思わないが、九楼撫子を中心に、仲間達と楽しげに笑う過去の”俺”を見ていると、何とも言えない気分になる。
何もかも壊してやりたくなるこの思いは、一体何なのだろう。
ふぅ、と息を吐き出し、ここは学校だと改めて思う。
学校に居る間は、海棠鷹斗でもキングでもなく、神賀旭でいなくてはならないのだから。

「こんなところで何してるんですか、キング」
「……ああ、ビショップ」
「呼び出しておいてなんでこんなところに居るんです。毎回探す方の身にもなってくれませんか」
「ごめん。でも、教師ってのは意外と忙しいんだよ。やることが結構あってね」

そう言えば、何故かビショップは心底呆れた様に溜息を吐き出す。
そうして視線を神賀へと向けて、嫌そうに言葉を紡いだ。

「その、胡散臭い喋り方、やめてくれませんか」
「そう言われてもね。ここに居る俺は、神賀旭だから」
「ぼくと貴方以外誰も居ないんですからいいと思いますけどね」
「一応ね、教師らしくしておかないと」
「……はぁ。まあいいです。それで、何か用ですか?」
「うーん、特に用事があったって訳でもないんだけどね」
「……用がないなら呼ばないで下さい。誰かさんのお陰で忙しいんですから」
「そっちの様子はどうかなって、思ってね」
「そんな事でわざわざ呼び出さないで下さい。ルークに聞けば分かるでしょう」
「そうなんだけどね。ビショップに聞きたかったんだよ」
「……はぁ。順調ですよ」

大きな溜息を吐き出して、そうビショップは告げる。
ビショップのその反応は、予想出来ていた。
それでも、わざわざビショップをここに呼んだのは――過去の自分を見てどう思うか聞いてみたくなったからかもしれない。
計画の進み具合を聞くだけならば、ビショップの言うとおりルークに聞けば済む事なのだから。
茜色に染まる空の下、九楼撫子を中心に仲間と楽しげに笑う彼らの中に、英円の姿もある。
確かに帰り始めていたはずの彼等は、今は立ち止まり皆で楽しげに話をしていた。
時間を確認し、もう少しくらいならいいかと思う。
あまり遅くならないうちに彼等には帰るように伝えなければならない
それが、教師としての神賀の仕事だから。
だからあまり時間はないが、それでも少しならば話す時間は取れそうだ。

「ねえ、ビショップ」
「なんですか」
「彼等を見てどう思う?」
「どう、とは?」
「過去の自分を見て、どう思う」
「……あれは、ぼくの過去ではありませんから。過去のぼくは、貴方と知り合いではなかった。だから、貴方と知り合いな時点でもう、別人ですよ」
「うん、それは分かってる。――でも、別人だからこそ……」

そこまで言って神賀は口を噤む。
――別人だからこそ、何もかも壊して、奪いたくなるのかもしれない。
俺が持っていないモノを持っている彼から。
そうしたら少しは気が晴れそうな気がする。
この感情がなんなのかは、良く分からないけれど。
そんな事を思い、再び時間を確認する。
未だ立ち止まり話し続けている彼等を眺めて、そしてビショップへと視線を向ける。

「さて、いい加減彼等には帰るように伝えないとね」
「……では、ぼくはこれで帰りますよ」
「ああ、それじゃあ」

そう言って、神賀は屋上を後にする。
しばらく立ち止まり話している彼等を眺めていたビショップの視線が、屋上から姿を消す神賀へと向けられる。
完全にその姿が無くなるのを見て、再び視線を彼等へと戻した。
しばらくすると、彼等の中に見慣れが姿が加わる。

「ほら、君達。もう遅いから、いい加減帰りなさい」

やがて、そんな神賀の声が聞こえて、その場に立ち止まり楽しそうに笑い合っていた彼等は慌てた様に帰って行く。

「先生、さようなら」

元気な彼らの声に、「はい、さようなら」と答える神賀は、確かに教師に見えなくもない。胡散臭い事に変わりはないが。
そんな様子をしばらく眺めて、ビショップも屋上を後にした。

計画実行まで、あと僅か。
――もう直ぐ、君に、会える。



END



2013/06/30up : 紅希