■手紙
高校三年の夏休み。
八十稲羽に帰って来ていた悠は、都会へと帰る日の前日、伯父の堂島に聞いて、昨年の連続殺人事件の犯人として取り調べを受けている足立に面会に来ていた。
案内されて少し待てば、足立が姿を表わす。
面会を申し出たのは良いが、良く足立が会ってくれたものだと思っていた。
自分に対して、足立が良い感情を持っていない事くらいは分かっていたから。
堂島から元気だとは聞いていたが、確かに元気そうだと悠は足立を見て思う。
ただ、やはり纏う雰囲気は以前とは少し変わっているように思えた。
「足立さん、お久しぶりです」
「……君は、何と言うか、ホント相変わらずだね」
呆れたように言って、足立は溜息を吐き出す。
その足立の言葉にどう返せばいいのか分からずに、悠は黙り込む。
気分を悪くしたとかそういうのではなく、元々饒舌な方ではないから、何と言えばいいのかが良く分からないのだ。
とは言え、黙っていても時間は過ぎる。
面会出来る時間は、限られているのだ。
「足立さん」
「ん? なに」
「手紙、ありがとうございました」
「手紙? 君に手紙なんて送ったっけ?」
「はい、三月に」
分かってない様子の足立に、そう悠は告げる。
三月と聞いて思い出したらしい足立は「ああ」と言い、探るような視線を悠に向ける。
「お礼を言われるような事は書いてなかったと思うけど」
「いえ、お陰で真実に辿り着けましたから」
「ああ、そう」
そう言った足立は、真実には全く興味がなさそうで。
自分達に力を与えた”誰か”の存在を知りたくなのだろうかと悠は思う。
悠が足立に会いに来た目的は、手紙のお礼を言う事だったので、目的は果たせたし良いけれど、それでも気になった。
「聞かないんですか? 切っ掛けについて」
遠まわしな言い方で悠は問う。
当然だが、足立と悠以外に人が居るのだ。
足立を見張る存在が。
警察の人間の前で迂闊な事は言えない。
黒幕と言っていい存在の事を聞かれても、困るのだ。
何故なら、神だと名乗った彼女を捕らえる事などきっと出来ないだろうから。
「聞いても何も変わらないでしょ。罪が軽くなる訳じゃないし、そんなつもりもない」
そう言う足立に、それでもとガソリンスタンドに寄ったかどうかを尋ねるとやはり寄っていたようで。
それだけで、足立はある程度の事を察したようだ。
「それで? 君は何しに来たの?」
「手紙のお礼を言いたくて来たんです」
「わざわざ?」
「夏休みで、ちょうどこっちに来てたので、ついで、ですけど」
「ああ、それは分かってるけど。そうじゃなくて、手紙のお礼を言う為だけにわざわざ面会に来たの?」
「はい」
そう言えば、何故か足立は、はあ、と溜息を吐きだす。
呆れたように吐き出された溜息の意味は良く分からないが、でもまあ、足立さんはきっと俺には会いたくないんだろうから。
そう、悠は思う。
会いたくないと思われている事も、嫌われている事も分かっている。
分かって居るけれど、でも。
それでも俺は――嫌いにはなれないんだ、足立さんを。
彼のした事は許せない事だし、彼の言う事も理解出来ない。
いつか、彼の言った事が理解出来る日が来るのかもしれないが、それでも。
どんな理由があろうとも、あんな事をして良い訳がない。
それでも”足立透”という人間を嫌いにはどうしてもなれないのだ。
「そんな事の為にわざわざ来なくても、やる事他にあるだろ?」
「皆とはもう会いましたから」
「そうじゃなくて。君一応受験生でしょ? 勉強しないといけないんじゃないの」
「……授業聞いていれば分かるし、特に困った事もないんで」
「……ああ、そう」
そう言って再び足立は深い溜息を吐きだす。
一体何が言いたいのか、悠には良く分からなかった。
確かに悠は高校三年生で受験生であるが、正直本当に成績関連で困った事はないのだ。
八十神高校でもずっと学年トップだったが、それは都会へ戻っても変わらない。
だから勉強しなくてもいいと言う訳ではないが、此処に来る時間を削ってまでする必要性は感じなかった。
手紙のお礼を言いたいというのも確かにあったけれど、会いたいと思ったのだ。
気になっていた、ずっと。
夕食に誘ったり、話をしたり、そうやって絆を繋いだ相手だったからこそ、犯人だとその名を仲間に告げる事を僅かではあるが躊躇した。
それでも、終わらせたかったから、告げた。
全く罪悪感がなかったとは言わない。絆を繋いだ相手の名を告げる事に躊躇いがなかったとも言わない。
出来れば違って欲しい、そんなあり得ない望みも少なからず抱いた。
その望みが叶う事はなかったけれど。
だから、真犯人として足立が捕まったあともずっと、気になっていたのだ。
そんな中貰った手紙。
その手紙のお陰で無事真実に辿り着く事が出来た。
こちらの世界だけじゃなく、テレビの中の世界の霧も晴らす事が出来た。
切っ掛けをくれた事に感謝しつつ、だからこそ尚更気になっていた。
何故手紙をくれたのか――それは、こうして足立に会った今でも分からない。
だがそれで良いと思えた。
きっと聞いても答えてはくれないだろうから。
それに、そんな事関係なく、会いたいとも思ったのだ、足立に。
堂島家の居間での菜々子と足立のやり取りを思い出す。
面倒くさそうにしながらも、それでもどことなく楽しげに見えたのだ。
堂島の事を本当に慕っていたのも知っている。
だからなのか、あのダンジョンの奥で戦って、テレビの中から連れ出して以来会っていない足立に、会いたいと思ったのだ。
何故そう思ったのかは正直分からない。
絆を繋いだ相手を犯人だと告げた事に対する罪悪感なのか、他に理由があるのか。
自分でも良く分からないが、ただ会いたいと思った事だけは確かだった。
「手紙のお礼を言いたかったのもそうですけど、足立さんにも会いたかったから」
だからそう素直に言ってみれば、足立が驚いたように目を見開き固まるのが見える。
そんなに驚くような事言ったかなと思っていれば、しばらくして足立が深い溜息を吐きだす。
「だから僕は、君が嫌いなんだ」
そう、心底呆れたように言われた。
だから、というのがどこから繋がるのかが分からない。
それでも、嫌われている事くらいは自覚していたから適当に流す。
そろそろ時間だと言われ、それを合図に「じゃあ」と手を上げて足立が去ろうとする。
その背に向かって悠は、告げた。
「俺は、足立さんが嫌いじゃないですよ」
去り掛けていた足立が立ち止って振り返るのをちらりと見て、悠はその場から立ち去る。
立ち去る悠を、足立がどんな表情をして見送っていたかは分からないが、手紙のお礼も言えたし、足立の様子も知れたから満足だった。
元気だと、堂島には聞いていたが実際にこうして見るのとではやはり違う。
纏う雰囲気は変わっていたが、自分に対しての態度はあまり変わってないな、というのが悠の足立に対する感想だった。
堂島家に向かって歩きながら思う。
一緒に堂島家で夕食を摂った時の足立と、マガツ稲羽市と名付けられたあのダンジョンの奥で会った足立。
どちらが本当の足立なんだろうかと思った事もあったけれど――きっとどちらも本当なんだろうと、思う。
今日足立に会って、改めてそう思った。
もしかしたらもう二度と、足立に会う事はないかもしれない。
悠は会いたいと思っても、彼がそれを望まないだろうから。
ああでもきっと、堂島が足立を放っておかないだろう。
まだ取り調べ中で刑も確定してないし、テレビの中の世界なんてモノが関わっている為、どの程度の刑が与えられるのかも分からない。
そもそも裁判なんて出来るのかどうかも分からないが、それでも、無罪と言う訳にはいかないだろう。
刑期を終えて出てきた足立を、きっと堂島は今までと変わらずに迎えるだろう。
この街に仲間が居る限り、堂島家がある限り、悠は何度となく足を運ぶ。
そんな日々の中、もしかしたらまた会えるかもしれない。
「きっと足立さんは、嫌そうな顔するんだろうけど」
思わずそう呟いて、悠は微かに笑う。
空を見上げて、そろそろお昼になるから何か買って行って菜々子に作ってやろうかと思う。
堂島家へと向かっていた足は、ジュネスへと方向を変えた。
思う事は色々あるけれど、会えて良かったと、そう思っていた。
あの手紙、どこにやったかなと思いながら悠はジュネスへと向かう。
家に帰ったら探してみよう、そう思いながら。
END
2012/09/02up : 紅希