■手紙(足立視点)

面会だと言われ、相手の名前を聞いて、足立は驚く。
鳴上悠。
堂島の甥で、昨年一年間稲羽市に居た高校生。
稲羽市で起きていた連続殺人事件の犯人が足立だと突き止めた者達のリーダーだった人物。
そんな彼が何故自分に面会に来たのか、正直分からなかった。
会いたくない、というのが本音だが、そう言うのも面倒で了承する。
案内されるままに行けば、そこに居たのはやはり思った通りの人物だった。

「足立さん、お久しぶりです」

律儀に挨拶する彼は、堂島家やジュネスなどで何度か会った時と全く変わらない。
向けられる視線も、態度も、何一つ変わらなかった。

「……君は、何と言うか、ホント相変わらずだね」

だから思わずそう告げる。
彼らが暴いた、連続殺人事件の犯人に対する態度ではなかった。
何となく分かってはいた。彼は変わらないんだろうと。
だからこそ、僕は彼が嫌いだ。
真っ直ぐに向けられる何もかも見透かしてしまいそうな視線が、苦手だった。
殆ど表情が変わらないから、何を考えているのかも読めないし。
彼の表情が目に見えて変わったのは、菜々子が誘拐されたあの一連の事件の時だけだろう。
菜々子が無事に救出された後も、町で良く彼の話を聞いた。
足立は堂島刑事と一緒に居る事が多かったから、そのお陰で、堂島の甥である悠について色々聞かれた。
顔色悪いけどちゃんと寝てるのか、食べてるのか等など。
そんな事を思い出し、僕が知る訳ないだろ、と思ったなと思っていれば、悠が足立を呼ぶ声が届く。

「足立さん」
「ん? なに」
「手紙、ありがとうございました」
「手紙? 君に手紙なんて送ったっけ?」
「はい、三月に」

ああ、と思い出す。
ずっと気になっていて、けれど自分ではもう調べる事が出来ない事を、出来るならやってみろ、なんて言う思いと共に書いて送った。
決して彼の為に、ではないのだ。
それなのに、何故礼を言われるのか。
役に立てばなんて一応手紙に書いたからだろうか。
全くそんな思いがなかったとは言わない。
だがそれでも、礼を言われる筋合いはない。
足立と悠は、犯人と犯人だと暴いた人物、なのだから。
礼を言われる程の事も書いてなかったしね、と思い足立は告げる。

「お礼を言われるような事は書いてなかったと思うけど」
「いえ、お陰で真実に辿り着けましたから」
「ああ、そう」

真実なんてものに興味はなかった。
自分が力を得た切っ掛けの事は気にはなるが、別にどうだっていい。
足立のゲームはもう、終わったのだから。
今更何を知ったところで、変わらない。
そんな事を思っていれば、不思議そうな悠の声が届く。

「聞かないんですか? 切っ掛けについて」

遠まわしな言い方だなとは思ったが、まあ当然かとも思う。
この場には足立と悠以外に人がいるから。
警官に余計な事を聞かれても、面倒だと足立も思う。
恐らく、黒幕と言われる存在が居たんだろう。
だからこそ彼は、遠まわしに言ったんだろうから。
足立以外にまだ黒幕が居ると知れば、当然警察は色々調べる。
だが、どんなに調べようと警察は真実に辿り着けない。
テレビの中に入る、なんて事、実際体験しない限り信じられないだろうから。
そんな状況で余計な事を聞かれるのは本当に面倒だ。

切っ掛け、黒幕。
恐らく何かあるだろうとは思ったが、それに辿り着いたのかと足立は思う。
それらの事が気にならないと言えば嘘になるが、でもどうでも良いと言うのも本音だった。
それを知ったところで何も変わらない。
足立の罪が軽くなる訳じゃないし、そんなつもりもなかったからそう告げる。

「聞いても何も変わらないでしょ。罪が軽くなる訳じゃないし、そんなつもりもない」

そう言ったのに、それでもと思ったのか悠はガソリンスタンドに寄ったか等と足立に尋ねて来る。
確かに寄ったなと思い、そう言えばあそこで聞いた気がするな、マヨナカテレビの事。
それに、ガソリンスタンドの店員と握手したような覚えもある。
はっきりとは思い出せないが、恐らくあれが切っ掛けなんだろうと、悠の言葉から察した。
まあ、どうでもいいけどね、と思い足立は疑問を口にする。

「それで? 君は何しに来たの?」
「手紙のお礼を言いたくて来たんです」

わざわざそれだけの為に? と足立は思う。
そもそも、悠が足立に面会に来る筋合いはないのだ。
だから、思ったままを口にする。

「わざわざ?」
「夏休みで、ちょうどこっちに来てたので、ついで、ですけど」
「ああ、それは分かってるけど。そうじゃなくて、手紙のお礼を言う為だけにわざわざ面会に来たの?」
「はい」

肯定されて、足立は思わず溜息を吐きだす。
何故足立が溜息を吐きだすのか分かって居ない様子の悠を見て、もう一度溜息を吐きたくなった。
何故それだけの為にわざわざ来るのかが分からない。
そもそも、悠が足立に面会に来る筋合いはないのだ。
恨まれて当然だと思う。
菜々子があんな目にあったのも、足立のせいとも言えなくはないんだし、彼の親友の花村陽介の大切な人の命を奪ったのだって、足立なのだから。
恨むなら分かるが、わざわざあんな手紙一枚の礼を言いに来るなんて――彼は一体何を考えているのか。
ホント読めないと足立は思う。
そう言えば、行き成り夕飯食べに来いって誘われたっけな。
なんて思い出す。
しかも、料理は得意だ、なんて主張もしていた。
彼が料理出来る事には驚いたが、伯父の仕事仲間ってだけの足立に料理作るから食べに来いなんて言う意味が分からなかった。
その時は断ったが結局後日食べに行く羽目になったのだけれど。
まあ、正直に言えば彼の料理は美味しかった。

もしも、足立を捕まえた彼らのリーダーが鳴上悠じゃなかったら。
もう少し上手くいったんじゃないかと思う事がある。
何度か彼と接触して、けれど結局足立は鳴上悠という人物が全く読めなかった。
彼は足立の思うようには行動しなかったから。
何故あんな事があってもそれでも、真っ直ぐ前を向いて歩いて行けるのか、分からなかった。
普通なら諦めるだろうと、そう思った。
だが、彼は諦めなかった最後まで。
仲間を導き、真実にまで辿り着いたのだから。
まあどちらにしろ、今更なんだけど、と足立は思う。
今日だって、わざわざあの手紙のお礼を言う為だけに面会に来たなんて言うんだから、読めるはずもない。
会いたくないと思うのが普通だろう。
それに、確か彼は受験生じゃないんだろうか。
こんなところに来る暇があるなら、やる事が他にあるだろうに。

「そんな事の為にわざわざ来なくても、やる事他にあるだろ?」

だから、そう言ってやれば、言わなきゃ良かったと思う答えが返って来る。

「皆とはもう会いましたから」
「そうじゃなくて。君一応受験生でしょ? 勉強しないといけないんじゃないの」
「……授業聞いていれば分かるし、特に困った事もないんで」
「……ああ、そう」

さらりと言われた言葉に、そう返す以外出来なかった。
自慢とか嫌味とか、そんな風に聞こえないところがまた癪に障る。
ああそう言えば、堂島さんが嬉しそうに言ってたっけなと思い出す。
悠がテストで学年トップだったんだ、と。
成程、勉強なんてしなくても良いわけだ。
その後もずっと学年トップだったはずだ。堂島さんが毎回嬉しそうに言ってたから。
再び足立は深い溜息を吐きだす。
もう溜息しか出なかった。
何やら考え込んでいる様子の悠を眺めて再び溜息を吐きだしそうになる。
見張りの警官が時計を確認するのが見える。
そろそろ時間か。やっと解放されると足立は思う。
面会、許可しなきゃ良かったななんて思っている足立の耳に、悠の声が届いた。

「手紙のお礼を言いたかったのもそうなんですけど、足立さんにも会いたかったから」

はあ? と足立は思う。
何を言っているんだ、こいつは。
そう思い先程堪えた溜息を、吐き出した。
会いたいなんて思うのがまず分からない。
二度と会いたくないと言われた方が、まだ分かる。
というより、それが当然だろう。
彼を見る限り、嘘を言ってる訳じゃないんだろうと分かるから、余計に。
そう言えば、あの頃もこんな風に彼の言動に翻弄されていたような覚えもある。
平静を装ってはいたけれど、本当は――。
だから、僕は。

「だから僕は、君が嫌いなんだ」

そう思ったまま告げれば、まるで分かっていると言わんばかりに流されて、やっぱり嫌いだと改めて思う。
随分年下の高校生に、僅かでも心乱されるのが、どうにも我慢ならなかった。
それは、あの日々の中でも思った事。
彼とは、夕食に誘われて食べに行って、それ以降何度か堂島家やジュネス等で話をした程度だ。
それなのに彼は、足立透という人間を受け入れた。
彼にとっては伯父の仕事仲間でしかないはずの足立を、当たり前のように受け入れた彼の事が足立は分からなかった。
信じていたのに――あの時、たった一人でテレビの中の足立の元へと現れた彼が言った言葉。
たったあれだけの交流で、何故信じる事が出来るのかが分からなかった。
足立が大人で悠が子供だからというだけの理由じゃない。
足立が彼の立場だったら――絶対に信じたりしないし、受け入れる事もないだろう。
だから、足立は悠の事が分からない。
恐らく相容れる事はこの先もずっとないだろう。
きっと彼は大人になっても足立のようにはならないだろうから、足立の気持ちもきっと分からない。
それと同じように、足立も悠の気持ちは分からないのだから。
何があろうと真っ直ぐ前を見て進む姿は羨ましくもあり、憎らしくもあった。
もしも、なんてあり得ない事を思いそうになるから。
そろそろ時間だと言う警官の言葉に、足立は立ち上がる。
「じゃあ」と悠に向かって手を上げてその場から去ろうとする。
その足立の背に向かって掛けられた言葉に、驚き立ち止った。

「俺は、足立さんが嫌いじゃないですよ」

思わず振り返れば、言うだけ言って満足したのか悠は去って行くところで。
その背を眺めて、足立は頭を掻き毟りたい衝動に駆られるがどうにか耐える。
その代わりに、深い溜息を一つ零した。
促されて、留置所へと向かう。
あんなたった一言で心乱されて――そんな事にも気付かないまま彼は真っ直ぐ前を向いて進んでいく。
自分の放った言葉がどんな意味を持つかも気付かないままで。

留置所に戻り、ああ、疲れたな、と思う。
出来る事ならもう二度と、鳴上悠という人間には会いたくない。
だが多分会う事になるんだろうという妙な確信があった。
当分先だとは言え、考えただけで憂鬱だと足立は思う。
堂島さんといい彼といい、何故足立を恨まないのか、分からない。
テレビの中の世界について説明出来ない以上、堂島が真相を知る事はないだろう。
だからまだ、堂島が足立を気に掛けるのは分かる事もある。
だが、悠に関しては――本当に分からなかった。
何もかも知っていて、何故あんな事を言えるのか。
ああもう、だから嫌なんだよ彼に会うのは、と思う。
もう考えるのは止めようと、無理矢理彼の事を頭から追い出した。

悠が足立を受け入れていたとしても、二人の道が交わる事は、ない。
相容れる事は、きっとないから。



END



2012/09/08up : 紅希