■夕焼け

家へと帰る途中見たのは綺麗な夕焼け。
本来自分が在るべき世界ではもう見ることの出来ないもの。
だからなのか思わず立ち止まり、夕焼けを眺める。
空を茜色に染め上げる夕焼けは綺麗で、けれど思い出すのはあの日の事。
撫子が事故にあったあの日も、こんな風に夕焼けが綺麗だった。
立ち止まったまま動かない神賀を怪訝に思ったのか、カエルくんが何か言っているが内容は耳に届かなかった。
あの日、撫子と水族館へと行く約束をしていたあの日。
いつまで経っても撫子は来なくて、何かあったのかと不安ばかりが募って。
けれど何も情報はなくて。
そんな時見えたのは、今日と同じような綺麗な夕焼け。
空一面を茜色に染め上げた夕焼けは、今でもはっきりと覚えていた。

不安と僅かな期待。
あの時は夕焼けを見ながらそんな感情を抱いていたはずだ。
それは確かに覚えている。
撫子と出かけられる期待は本当に僅かなものでしかなかったけれど。
それでも、その期待が完全になくなる事はなかった。
撫子が事故にあったと連絡を貰うまでは。
不安が的中して、けれどその連絡を貰った時の事は良くは覚えていなかった。
その後、病室でベッドに横たわる撫子を見て、抱いた怒り。
けれど今、夕焼けを見てあの時の事を思い出しても、同じような感情は抱けない。
綺麗だとは思うが、それだけだった。
その後に感じた痛みも怒りも、そういう感情を抱いたと言う事は覚えていても、まるで他人事のようで。
中学生の海棠鷹斗という人物の行動を感情を、傍から見ているようなそんな感覚。
夕焼けを眺めながら、やはり自分は撫子が居ないと人間にはなれないのだと改めて思っていた。

「おーい、いつまで黄昏てるんだよ、全く。お前がそんなだと気持ち悪いんだよ」
「ああ、ごめんごめん、カエルくん。帰ろうか」

周りに人が居ない事を確かめて、いつものように返せば、カエルくんはあからさまに溜息を吐き出す。
それもいつもの事なので、まあいいかと歩き出せば、呆れたようにカエルくんは言葉を紡いだ。

「お前、怖いだの気持ち悪いだの言われて、何も思わないのかよ」
「あーうん、思わない、かな」

そう答えれば、カエルくんは再び溜息を吐き出す。
それが普通じゃない事くらいは、分かっていた。
分かってはいても、どうしようもない。
そういう感情を抱けないのだから。
あの時の事を思い出しても、あの時のような感情さえ浮かばない。
確かに自分で抱いたはずの怒りの感情さえ、自分のものとは思えないのだから。

再び立ち止まり、空を見上げる。
この時空へと来て、神賀旭と名乗って教師になって、初めてかもしれない。
こんな風に夕焼けを眺めたのは。

「だから、どうしたんだよ」

再び立ち止まった神賀にカエルくんが呆れたように言う。
夕焼けを見つめたまま、神賀は言葉を紡ぐ。カエルくんから返される言葉を予想しながら。

「夕焼けが綺麗だなと思ってね」
「……そんな普通の事言えるんだな、お前」
「言われると思ったよ」

そういえば、何やらカエルくんが心底嫌そうに言葉を紡ぐ。
それには答えずに、相変わらずカエルくんは賑やかだなと思いながら歩き始めた。
これ以上往来でカエルくんと話し続ける訳にもいかない。
不審者だと思われては困るのだ。
教職にあるというのもあるが、何よりも計画に支障が出ては困るのだから。

もう一度だけ空を茜色に染め上げる夕焼けを眺めて、家へと向かって足を進める。
賑やかなカエルくんの声を聞きながら。



END



2015/07/04up : 紅希