■親友

 シンが再び現れた。
 ブラスカのナギ節がついに終わった…と。
 悲嘆の声とともにその噂が伝わって来たのは、ようやく自分の在り様に慣れた頃だった。

 「………ハァッ………」

 一喝しながら太刀を振り下ろす。
 轟音とともに崩れ落ちる大柄な魔物を見下ろして、ふっと息を吐いた。
 息遣いを整え、鼓動を鎮め、敵と対峙する。
 生きていた時には当たり前だと思っていた感覚が、死人となった今は分からない。
 いくら聞こうとしても鼓動は無い。
 呼吸も、おそらく『しよう』とするから身体がそう動くという仕組みなのだろう。
 それでも不自由が無い程度に戦える事はすでに確かめた。
 今の自分には、それで十分だ。

 命を失ったはずの者が生きている。
 『生きている』と言ってもいいくらいには、形を保っている。
 ブラスカとジェクトと一緒に、シンに挑んだ時に一度。
 怒りと悲しみに任せ、ユウナレスカに斬りかかった時に一度。
 すでに二度も命を落としていたはずだと思えば、今ここにいる事自体、奇跡に近い。
 ………それとも、呪縛とでも言うべきか。
 かつて寺院に仕えていた身としては、今の在り様を認めるべきではないのだろう。
 だが、自分の感傷はどうあれ、意志を持って『生きて』いる以上、果たすべき事がある。
 シンが再び目覚めたというのなら、その時が来たという事だった。

 「………………」

 空や海を自在に移動する魔物にまみえるためには、足取りを追っても意味が無い。
 ここだと決めた場所で、ただ待つ。
 そうしていれば必ず現れるという妙な確信があった。
 会いたくないと言っても―――嫌がれば嫌がるほど、意地になって会いに来る。
 昔から、ヤツはそういう男だった。

 「来たか。」

 波間を蠢く巨大な影。
 泳ぎに合わせて津波を引き起こしながら現れた魔物は、紛れも無くシンだった。
 水飛沫を浴びながら背中の太刀を抜く。
 同時にスピラ最大の魔物に向かって駆け出す。
 そしてあと一歩踏み出せば太刀が届く、というところで視界が白く弾けた。
 直後、シンの巨体とともに自分の身体が波に飲まれるのを感じた。

 『誰かと思えば、アーロンじゃねぇか。』

 うねる波に揉まれるような浮遊感。
 耳で聞いているのか、頭に響いているのか分からない声。
 だが、聞き違えることは無かった。
 再びシンが現れるのを待つ間……いや。
 ブラスカがジェクトを祈り子に選んだ時からずっと、この時を覚悟していたのだから。

 『なんだよ、久しぶりに会っても変わんねぇなぁ。』

 ………どんな恨み言を言われるかと思えば………。
 シンに浸食されながら、どうにか保っていたのであろうジェクトの精神。
 それがあまりにも昔のままで、苦笑を漏らしながら答えを返した。

 「お前も相変わらずだな、ジェクト。」

 当然だと言ってジェクトが豪快に笑うように、シンが一声、啼いた。
 変わらないはずが無い。相変わらずなはずが無い。
 片方はシンになって、スピラを破壊し人々を死に至らしめる存在になった。
 もう片方は残された命を無謀な戦いのために懸け、死人になっている。
 だが、互いに変わったことを知っていてなお、『変わらない』と言い合う。
 姿形が変わっても、自分たちの関係は旅をしていた当時と変わっていない。
 その皮肉さがいっそ笑えた。

 シンに近づきすぎた者は、その恐怖ゆえか、シンの力なのか、精神に異常をきたすという。
 記憶を失くす者もいれば、妄言を吐く者、狂気を起こす者もいる。
 いわゆる『シンの毒気にやられる』というやつだ。

 ―――これもシンの毒だと言うのなら、なんと甘い毒だろう。

 ブラスカとジェクトと自分と。
 3人で挑んだシンを倒す旅は、決して良い思い出に埋め尽くされたものではない。
 旅の最後を思えば、こうしてシンでありジェクトでもある魔物にまみえることも苦い毒のようなものだ。
 それでも、同じ戦いに身を置いた親友と言葉を交わし合う仄かな喜びが、胸に甘い。

 『で? オレが最後に託した言葉、忘れちゃいないんだろうな?』
 「………ああ。お前も、それを果たさせに来たのだろう?」

 ジェクトは究極召喚の祈り子―――後にシンになると覚悟を決めた時、息子を頼むと言った。
 もういつ手放してもいい命を死人になってまで『生かして』いるのは、その約束を果たすためだ。
 夢のザナルカンドにいるはずのジェクトの息子に会うためには、シンの力を借りなくてはいけないことも………。
 シンとなり果てたジェクトと再会しなければならないことも、約束の一部のようなものだった。

 『今、初めて思ったぜ。お前がカタブツ野郎で良かったってな。』
 「…フッ。」

 次に戻って来た時には、シンの中にジェクトは居ないのかもしれない。
 親友との会話もこれで最後になるかもしれない。
 そう思いながらも、ただ笑い合った。
 これも、あの時と同じ。
 胸を埋め尽くす感傷を言葉にしないまま、白い光に包まれて目を閉じた。

 次に目を開けた時、自分が居るであろう1000年前の世界を―――。
 ジェクトからうるさいほど何度も聞かされた夢のザナルカンドと、そこにいる“息子”の姿に、想いを馳せながら。



END



2011/12/24up : 春宵