■昼寝
珍しいものを見た。
そう陽介は思う。
引っ越しで疲れて居たのは確かだ。
昨日のうちに殆ど荷解きは終わって、今日は片付けながら、それでものんびりとしていたのだ。
引っ越しすることになって互いに休暇を取ってはいるが、それもあと一日だけだ。
明後日からは今までと変わらない日々が始まる。
住むところが変わっても、日常はそう簡単には変わらない。
過去非日常な日々を経験したからこそ、思う。
平凡な変わらない日常こそが大切なのだと。
互いに仕事を家に持ち帰ることがある。
だから、それぞれ互いの部屋を整理しようと言う事になったのが、一時間程前だった。
そろそろ休憩をと思い陽介が鳴上部屋へと向かって見た光景は、整理途中の荷物の中眠る鳴上の姿だった。
こんな風に眠る姿を見るのは、学生の頃以来だろうか。
いつだって昼寝をするのは陽介の方で、鳴上が昼寝をしているところを見たことはなかった。
昼寝をする陽介の傍らで本を読んでいるのが常で、だからこんな風に無防備に眠る姿が珍しく、思わずスマホを取り出しカメラを起動する。
その姿をカメラに収めようとして――気配を感じたのか鳴上が目を覚ました。
「何をしている?」
スマホを構えた陽介を見て、そう問う。
「お前が昼寝するなんて珍しいから、つい」
「そんなものを撮ってどうするつもりだ」
「……眺める?」
陽介のその答えに鳴上は呆れたような視線を向ける。
仕方がないだろうと陽介は思っていた。
何故カメラに収めようとしたのか、陽介にだって分からないのだから。
本当に、どうするつもりだったんだ、と思う。
「でも、本当に珍しいよな、お前が昼寝するなんて」
「昼寝というより寝落ちだな」
「まあ、疲れたよな、引っ越し」
「陽介の荷物が多いからだろう」
「お前の荷物が少なすぎるだけだ」
「これでも多い方だ」
引っ越ししなれている鳴上は、基本的に荷物を増やさない。
八十稲羽から引っ越す鳴上の荷物は、今回よりもずっと少なかった。
陽介だって、引っ越しした回数は多い方だから、以前はこんなに荷物が増える事はなかった。
狭いといいつつ、前の部屋から引っ越すつもりはなかったのだ。
そんな話はしたことはなかったが、ここが自分の居場所なのだと、そう思ったから。
だがやはり、二人でこの先もずっと生活していくには、前の部屋は狭かった。
もう少し広いところに引っ越すか、と部屋を探して、引っ越したのだ。
今度こそ、引っ越す事はないだろう。
余程の事がない限りは。
だからこれからは、互いに荷物は増えるだろう。
二人で過ごす年月の分だけ。
「そう言えば、陽介は何しに来たんだ? 終わったのか?」
「目途はついた。――休憩しようと思って呼びに来たんだよ」
「――俺は、寝落ちしたから殆ど進んでないんだが」
「後で手伝ってやるから、休憩しようぜ」
仕方ないな、と言いながら鳴上は立ち上がった。
「次に引っ越す時は、業者頼もう」
「……出来ればもう引っ越したくはないんだが」
引っ越すつもりは、今のところはない。
出来ればずっとここに、そう思う。
だが、何があるか分からないから。
日常が簡単に壊れることがあるというのを、知っているから。
それは恐らく鳴上も同じだろう。
だから、出来れば、なんて言うのだろうから。
二人で過ごす当たり前の日常が続いていくことを願う。
この先も、ずっと。
END
2022/05/17up : 紅希