■病

例年なら12月のこの時期、街はイルミネーションに彩られ、あちこちからクリスマスソングが聞こえて来て、それを眺める人たちで賑わっていた。
けれど今年は、流行病のせいで自粛。
イルミネーションもクリスマスソングもあるが、いつもの賑やかさがない。
仕方ないのは分かっているし、イルミネーションを見に行くとしても、人がまばらな時間に行くことが殆どだから、自分達には影響はない。
ただ陽介は、いつもより賑やかな光景を眺めるのが、好きだった。
年末の忙しない日常の中、ほんの僅かな時間とはいえ、解放されるような気がするのだ。
稲羽は今頃雪だろうか。
窓の外を眺めて、そんなことを思う。
思わず漏れた溜息に、隣で静かに本を読んでいた鳴上が顔を上げた。

「最近溜息が多いな、陽介」
「クリスマスくらいは、賑やかなのがいいなと思ってさ」
「まあ、分かるけどな」
「仕方がないのは分かってる、けど、な」

元々そんなに外出する方ではないから、賑やかな場所に出掛けることもない。
成人男性が二人で当たり前のように出かけられる場所など、それ程多くはないのだから。
イルミネーションだってそうだ。
夕食後、少しアルコールの入った状態で、人も少なくなって来た夜中に見に行くことが多い。
その時間ならば、成人男性が二人連れだって歩いていても、それ程目立つこともないから。

「なら、今年は昼間にイルミネーション見に行くか?」
「いや、流石にそれは」
「俺はいいけど」
「お前はいつもそうだよな」
「周りにどう見られようと、あまり関係ないからな」
「……」

そうなのだ。
周りの目が気になるのは陽介の方で、鳴上はあまりそういった事を気にしない。
出会った当初から、変わらない。

「確かに、最近特に、仕事以外で殆ど出掛けてないからな」
「そうなんだよ。だからせめて、賑やかないつも通りのクリスマス見たかったんだけどな」
「俺は、陽介が隣にいてくれればそれでいいけどな」
「――は?」

今、なんて言った?
と、陽介は思う。
いきなりとんでもない事を言うのも、出会った当初から変わらない。
こんな風に、こちらを動揺させることを平然と言うのもだ。
何事もなかったように読書に戻った鳴上を、陽介は呆然と眺める。
流行病よりも厄介かもしれないと思いながら、陽介はもう一度溜息を吐いた。

――厄介ではあるが、嬉しいのも事実で。
周りの状況がどんな風に変わろうと、隣で本を読んでいるこの男はきっと変わらない。
自分たちの関係が変わらないように。

でもそれって、この先もずっと振り回され続けるって事か。
そう思い思わず苦笑する。
陽介の微かな笑いに、鳴上が本から顔を上げる。
顔を見合わせて笑って――再び鳴上は読書に戻る。

先程までと変わらない静寂が、辺りを支配する。
心地いいと思える静寂の中、この先も続くだろう変わらない日常を思う。

この先もずっと、隣には鳴上が居るのだろう。
確かに、それだけでいい。
変わらない当たり前の日常の大切さは、良く分かっているから。

何があろうとも、周りがどう変わろうとも。
その存在さえあれば、それでいい。

この心地いい静寂さえあれば――そう思いながら眠りに落ちていく。
隣にある温もりを感じながら。



END



2020/12/20up : 紅希