■漆黒の鎌

 およそ1200万人が登録していると言われるオンラインRPG『The World』。
 プレイヤー人口が多い事もあり、『The World』の戦闘エリアは数多く用意されている。
 中でも初心者向けと言われるエリアのひとつにPC(プレイヤーキャラクター)“ハセヲ”の姿があった。
 すでに上限までレベルを上げているハセヲにとって、初心者エリアなど用の無い場所だ。
 敵にエンカウントされてもダメージは受けないし、単独でも一撃で倒すことが出来てしまう。
 来る必要があるとすればイベントやクエストで指定された時くらいだろう。
 だが、ハセヲは毎日初心者エリアを彷徨って探していた。

 ―――今、少し離れた所に見えるバトルフィールドで繰り広げられているような光景を。


 「弱いな、お前。『The World』プレイする資格なしって感じ。」
 「……うぅぅ……」
 「言い過ぎだろ。レベル1けたの初心者が100近い俺らに勝てるわけねーじゃん。」

 ハセヲがバトルフィールドに入ると、思った通りの状況だった。
 1人の魔導士を剣撃士と銃戦士が取り囲んでいる。
 『The Wrold』ではシナリオが進むと2nd、3rdとPCのフォームが変わる。
 3人の姿を見れば、魔導士は1st、剣撃士と銃剣士は2nd。
 傍目に見ても、初心者を中堅が寄ってたかって攻撃しているというのが分かった。
 いわゆるPK(プレイヤーキラー)と言われる行為だ。

 オンラインゲームのPCの影には、当然、操作する人間がいる。
 その相手を傷つけると分かっていて―――分かっているからこそ、面白がってPKする。
 ましてPKする者とされる者との間に現実世界での接点が無いため、容赦のないやり方を選ぶ者が多い。
 だが、『The World』では現状、このPK行為を規制するルールは無い。
 PKを行う者たちに言わせると『規制されていないという事は公式に認められている』という論理だ。
 公式BBSなどでも問題視されているが、『やめろ』と強制できる根拠もない。

 「弱いヤツはさっさとやめちまえ。ていうか、死ねwww」

 ロスト寸前まで体力を削られてへたり込んだ魔導士に、剣撃士が最後の一撃を見舞おうとする。
 その直前、一部始終を黙って見ていたハセヲがようやく戦闘態勢に入る。
 剣撃士と銃戦士はバトルフィールドの壁際に後退する魔導士に集中していて、背後の気配に気づかない。
 フィールド内に別のPCが入ってきた事も知らない様子だ。
 剣撃士が剣を振り上げた動きに合わせてハセヲも装備している鎌を振り上げる。
 そして予告も無く声もかけず、剣撃士に向かって振り下ろした。

 「な、なななんだよ、テメ―は!!!」
 「最高レベルのヤツが100も行ってねー俺らに攻撃するなんて卑怯だぞ!!!」

 自分たちのしていたPK行為を忘れたような悪態をつきながら、PKたちはハセヲから逃げ惑う。
 へたり込んだ魔導士を残してバトルフィールドを解き、戦闘エリアを駆け始めた。
 ハセヲも快速のタリスマンを使って歩行スピードを上げ、その背を追う。
 アイテムの効果が切れないうちに追いつめてしまおうと敢えて遠回りして高い位置に立った。
 キョロキョロとハセヲを探すPKたちを見下ろしてニヤリと笑う。
 後ろからのアングルで表示される画面の中で、PCがそんな表情を再現したかどうかは分からない。
 けれど、少なくともハセヲを操作する人間―――三崎亮は、確実に冷笑を浮かべていた。

 黒で統一された錬装士(マルチウェポン)のフォーム。
 振り上げられた漆黒の鎌。
 好んで選んだと言うより、どす黒く淀む亮の気分を体現したようなハセヲの外見。
 知らず、選ぶPCのモーションも“らしく”振舞うようになっている。
 バトルフィールド展開と同時に地を蹴り“敵”に襲いかかった姿は、その二つ名通りに見えただろう。
 ―――PKK(プレイヤーキラーキル)『死の恐怖』。
 ハセヲは今や『The World』の中でもかなり有名なPK狩り(通称PKK)となっていた。
 公式で『死の恐怖』討伐クエストが出るほどの知名度は、すでに都市伝説のようになっている。
 けれど、ハセヲにとって―――亮にとって、有名になる事自体が目的だった訳ではない。
 切迫した目的があってPKKを繰り返すうちに気がつけばそうなっていただけだ。

 「聞きたい事がある。三爪痕(トライエッジ)を知ってるか。」

 先程、PKたちが魔導士を追いつめたようにロスト寸前まで2人を追い詰め、ハセヲは本題を切り出す。
 『三爪痕(トライエッジ)』は、ハセヲのギルド仲間・志乃をロストさせたPKだ。
 彼女はロストした瞬間、現実世界で意識を失い、今も昏睡状態が続いている。
 ハセヲがPKKをし続けるのは、PK『三爪痕』を探すためだった。
 ゲーム内でロストした事と意識不明になった事が連動している。
 ならば原因となった『三爪痕』を探せば志乃の意識が戻るのではないか。
 『三爪痕』がPKならば、PKに聞くのが一番手っ取り早い。
 そんな無茶苦茶な論法で1日10時間近くを費やしてPKK行為を続けている。

 「ととと、とらいえっじ?」
 「BBSの都市伝説だろ、そいつ。信じて追ってるなんて、イカレてんじゃねーの?」
 「イカレてて悪かったな。知らないなら用は無い。……消えろ。」

 今回も収穫が無い苛立ちに舌打ちしながらPKたちに背を向ける。
 腹いせに最後の一撃を加えてロストさせても良かったが、やめておいた。
 『弱いヤツはさっさとやめちまえ。ていうか、死ねwww』
 どちらかが魔導士に向かって吐き捨てた言葉が、重く圧し掛かっていたからだ。
 弱いヤツは『The World』に居る資格が無い。―――誰ひとり助ける事なんて出来ない。
 その言葉は誰よりもハセヲに、亮自身に返って来るものだった。

 「俺が、志乃を助ける。」

 タウンに戻るコマンドを選びながら、亮はうわ言のように呟く。
 そうして声に出していないと、胸の奥に隠した助けを呼ぶ声が漏れてしまいそうだった。

 『……オーヴァン……』

 ハセヲと志乃が所属していた『黄昏の旅団』のギルドマスター・オ―ヴァン。
 彼は志乃がPKされる前に姿を消していて、今、ハセヲを助けてくれるはずが無い。
 分かっているはずなのに、行き詰ると何故かいつも彼の名が浮かんだ。
 『The World』に初めてログインしたあの日。
 PKという用語さえ知らなかったハセヲは見事に初心者狩りに引っかかった。
 あと一撃でロストする。―――その瞬間、颯爽と助けに入った規格外の銃戦士。
 自分の醜態を思い出すのが嫌で封印しているが、オ―ヴァンにはその時のイメージが付き纏う。
 『黄昏の旅団』として活動する時にもその抽象的な言動に惑わされてイライラした。
 今も、いつも寄り添うようサポートしていた志乃を助けに来ないオ―ヴァンに腹を立てている。

 『現れるのもいきなりだし、居なくなるのもいきなりで、めんどくせーんだよアイツ。』
 『何言ってるか分かんねーし。説明する気もねーし。聞けばただ笑うし、ムカつく。』

 オ―ヴァンという名前が頭に浮かぶたびそうして反発する。
 けれどハセヲは、亮は、気づいている。
 それでも彼の作ったギルド『黄昏の旅団』に入った意味。
 彼の言うまま、あるかどうかも分からない『黄昏の鍵(キー・オブ・ザ・トワイライト)』を探した意味。
 マスターが消えた後もどうにかして『旅団』を守ろうとした意味。
 志乃を失って一人きりになった自分が、他の誰でも無くオ―ヴァンに助けを求めてしまう意味に。

 『―――Welcome to 『The World』―――』

 初めてログインした日、倒れ込むハセヲに向かって伸ばされたオ―ヴァンの手。
 ハセヲにとって、亮にとって、『The World』はオ―ヴァンから始まった世界だった。
 『旅団』が崩壊して、志乃と2人きりになって、やがてその志乃さえPKされて昏睡状態になった。
 そのきっかけもオ―ヴァンの失踪だった。
 オ―ヴァンが居なければハセヲにとっての『The World』の“日常”は戻って来ない。

 ………何より、この期に及んで期待してしまうのだ。

 何も分からないまま、この“世界”からロストしてしまう。
 ハセヲが行き詰って倒れ込んだその瞬間、差し出されたあの手を。
 助け起こし、導いてくれる強い意志を持ったオ―ヴァンの背を。

 「は……馬鹿じゃねーの、俺。」

 呆れたように呟いたハセヲの声は、混雑したカオスゲート喧騒にかき消される。
 こうして現れもしないオ―ヴァンを待っているうちにも、志乃は生きる力を失っていく。
 ゲームからロストするどころか、現実世界からさえ消えてしまう。
 PK、PKKという人道的に問題視される行為に手を染めても求めた平穏を取り戻すために。
 改めて決意を再確認したハセヲは、初心者向けのエリアワードを入力した。

 また独り、誰にも理解されない戦いに出るために。



END



2011/05/11up : 春宵