■流血

どぶ泥にまみれた現実を夢の中でも思い知らせたろ、とでも言うんか。
思い出したくもない過去を当時のまんま、見ることがようある。

……ああ、今回は初めて撃たれた時の夢やな。

無様に床に這いつくばるガキの頃の自分を見て、すぐに思い当たった。
弾丸が身体を突き抜ける感覚は、想像しとった穿つような抉るようなものではなく。
“打撃”言うんが一番近い、強烈な力の蹂躙やった。
顔から床に倒れ込み、うめき声を上げながら自由に動かん身体を蠢かせる。
熱いほどの痛みとは裏腹に、ひどい出血で体温が下がり寒さにガタガタと震えた。

銃で撃たれたんも、あの時が初めてやったけど。
本気で死ぬんちゃうかって思ったのも初めてやった。
流血した傷がドクンドクンと脈打つ。
鼓動と同じ速さで足音を鳴らしながら“死”が確実に近づいてくる。
ガキやったワイは、感じる寒さよりも死神の気配に震えてたんかもしれん。


「―――っ!!! 起きたまま夢見とったわ!!!」

ふるふると頭を振って目を覚まそうとして、逆に眩暈に襲われる。
もう少し先まで歩かなあかん。
“現場”から離れるまで倒れたらあかん。
自分に言い聞かせながらズルズル足を進ませる。
背後には、頭と心臓を2発ずつ撃たれた死体―――今日のターゲットが転がっている。
完全に鼓動を止めてもなお、その手には引き金に指をかけたままの銃が握られていた。

「……油断、したわ……」

営業を終えた店と店の隙間。
街灯りの届かん奥まで潜り込んだ途端、壁にもたれながらへたり込んだ。

今日の殺しのターゲットは、身辺に警護も付けていない素人やった。
もしかしたら警護なんて付ける必要も無いほど平穏に生きとった善人かも知れん。
対象者がどんな人物なんか。何で殺さなあかんのか。
詳しい情報が末端のワイに入ってくることはほとんど無いから、分からんけど。
素人が護身用の武器を不意打ちで使こたりすると、玄人よりもタチの悪い急所に当たったりする。

そら、初めて撃たれた時の夢も見るはずや。
あの時、死ぬ思いして苦しんだのと同じ場所を撃たれて、息も絶え絶え。
ぬるりとした血の感触は生々しく、罪に汚したばかりの手を本当の意味でも赤く汚す。
どぶ泥の中で足掻き、『これがどん底や』思うた底が抜けてまだ下に堕ちる。

「……こんな状態でトンガリに会うたら……バレるやろな……」

ケガしたこと…くらいやったらバレてもええ。
硝煙の臭いに気づかれるんも…百歩譲ったるわ。
この星でお痛してくるアホなんか、居ない場所探す方が難しい。
やんちゃ相手に応戦した、言うたらダマせるかもしれん。

―――ただ、何でか。
悪党の命さえ真っ当に惜しむ災害級のトラブルメーカーに、人を殺したことを知られとうない。
『裏稼業で稼いだ金で孤児院のガキどもを養ってる』言うてバラした方が楽やって思うのに。
『牧師で養ってる』って信じた時に見せたトンガリの素の笑顔が頭に浮かぶ。

トンガリ相手に平静を装う。
そんな理由で、代謝促進剤に手を伸ばしそうになる。
割に合わないほど激しい副作用を知っていても、なお。
トンガリ相手に見栄を張ろうとする自分が居る。

「……アカンアカン」

ふるふると首を振ってまた眩暈を感じた拍子に、胡散臭い町医者の顔を思い出した。
ここに着いた直後、一騒動あって世話になった甲斐があったっちうもんや。

「それもこれもトンガリのせいやけどな!」

通りすがりのヤツらが振り返るほどデカい声で呟いて、ズルズルと歩き始める。
傷口を押さえたのと反対の手でポケットをまさぐり、少ない手持ちの金を勘定しながら。



END



2019/05/30up : 春宵