■吸血

「―――で、久保っち、トッキー、2人で映画館デートなんてどうよ?」
「「は!?」」

久々に連絡してきた滝さんが、顔を合わせて間もなくそんなことを言うから、久保ちゃんと2人でハモっちまった。
最近どう、みたいな話題の直後で何の脈絡も無いし。

「だいたい、俺と久保ちゃんが一緒に映画観に行くのは"デート"じゃねぇだろ」
「「そうなの?」」

そこもツッコミどころだろって思ってそう言ったら、今度は久保ちゃんと滝さんにハモられた。
て言うか、何で久保ちゃんまで聞くんだよ。
納得いかないまま仕切り直して滝さんの話を聞いたら、無料鑑賞券いらないかってだけの話だった。

「出版社がスポンサーで、公開終了間際だから俺みたいなフリーライターにもくれたんだけどさ」
「タダなんだから観てくればいいじゃんか」
「そうなんだけど、次の取材で詰めてるうちに公開終わっちまいそうなんだわ」
「他の知り合いに譲るとかは?」
「俺が仕事で行けない映画券を、恋人と行きそうな同業者に譲るのも癪だろ?」

それなのに"デート"(違うけど)で行きそうな俺らにくれるのは良いのかよ。
頭の中だけで突っ込んで、どうするって久保ちゃんの方を見た。
目が合うと、久保ちゃんも俺に「どうする?」って聞いてくる。

「映画館って楽しいのか?」
「まぁ、観る映画にもよるだろうけど」
「一応、アカデミー賞候補って話題になってる作品だよ」
「あかでみーしょう? それって楽しいのか?」
「うーん、時任が楽しそうなところって言ったら……バケツサイズのポップコーン売ってることかな」
「行く」

もちろん即答。
だってコンビニのレジ脇では見かけない出来立てポップコーンを食えるって聞いたら行くしかないだろ?
久保ちゃんは笑うし、滝さんは「さすが久保っち」とか妙に感心してるし、ちょっとモヤッとしながらも鑑賞券はありがたく貰っておいた。

「食べる音とか匂いとか、他のお客さんの迷惑になるから。帰りにね」

……で、来てみたら目当てのポップコーンはとりあえず"おあずけ"。
始まった映画も暗い雰囲気が延々続くストーリーで、あんまり楽しいって感じじゃなかった。

吸血鬼ものって聞いてたから、勝手にゾンビやっつけるゲームみたいな話かと思ってたんだけど。
いや、ヒロインをさらった吸血鬼を追いかけて、追いつめて、やっつける話ではあったんだけど。
伝承を頼りに弱点を突いたり、頭を使って吸血鬼の先回りをしたり、俺が想像してた"戦い"とは違ってて。
派手なアクションとかもほとんど無くて、途中で寝落ちしそうになったくらいだった。

でも、ちょっとだけ……"感情移入?"ってやつをしたところもある。
吸血鬼がヒロインをさらったのは、一目惚れしたからっぽかったんだけど。
実は過去に亡くなった奥さんにソックリだったからだって分かってきて。
最初は吸血鬼のことを怖がっていたヒロインも、一緒にいるうちに前世の、そいつの奥さんだった頃の記憶を思い出して、自分から望んでついて行くようになった。

……で、考えちまったのは。

ヒロインの持っていた前世の記憶と、今生きてる俺の過去の記憶じゃそもそも違うかもしれないけど。
過去の俺を知る誰かがいたとして。
居なくなった俺をずーっとずーっと想い続けている気持ちはどんなだろう。
あの吸血鬼みたいに自分のことを憶えていない俺を連れて行こうとするだろうか。
俺の方だって最初は記憶が無くても、一緒にいるうちにあのヒロインと同じように思い出すかもしれない。
そうなったら俺は、久保ちゃんを振り切って元の生活に戻ろうとしたりするんだろうか。
そこまで想像して、急にテンションが下がった。

……て言うか、振り切るも何も、久保ちゃんは俺を追いかけてくんのかな。
それが一番怪しいって気がついたからだ。
自分と居るよりそいつと暮らした方が良いとか勝手に決めて、久保ちゃんの方が俺の前から消えそうかも。
「どうよ?」って隣に座ってるヤツを見たら、ボーっとしてるようにも、考え込んでいるようにも見える顔をスクリーンの方に向けていた。

「それで? "映画館デート"はどうだった?」

ほんのり温かいポップコーンを腕に抱えて歩く帰り道。
自分と重ね合わせてモヤッとした、って感想を言うのは気が引けて俺らしい答えを探した。

「ポップコーン買えたのは良かったけど、映画はなんか暗い雰囲気でちょっと眠かった」
「そう」
「もっとパーっと敵倒してスカッとしたくなったから、帰ったらシューティングゲームやろうぜ」
「ポップコーンつまみながら?」
「もっちろん!」

テンション以上に明るく答えてから、思い立って立ち止まる。
映画を観て考えたことなんて明日になったら忘れてるかもしれないから今のうちに。
急かされるような勢いで、口に出す。

「もし俺の昔の知り合いとかが現れて俺を連れて行こうとしたら、久保ちゃんはどうする?」
「……さぁ? 俺がどうするも何も、時任次第じゃない?」
「俺がどうしたいか聞く前にそいつが連れて行っちまうかもしれないだろ」
「嫌だったらどうにかして戻って来るでしょ、時任なら」
「だから、そういうこと言ってんじゃなくて……」

どう言葉にしたら言いたいことが伝わるのか。
どんな風に吐き出したらこのモヤモヤはスッキリするのか。
考える右腕がほんのり暖かい。
ポップコーンの温もりが腕の中にあるのは、久保ちゃんと一緒に映画館に行ったからだ。
前に前にって突っ込んで行ってすぐにゲームオーバーになるシューティングをクリア出来たのは、2Pで後ろから援護してくれる久保ちゃんが居たからだ。
寒い日にコンビニで買った中華まんが温かかったのも、コタツでぬくぬく出来るのも、久保ちゃんが居て、その傍に俺が居るからだ。

「もし俺が居なくなっても、俺の気持ちを勝手に決めて、勝手に諦めんなよって言ってんだよ」
「うん」
「ちゃんと俺を見つけて聞きに来いよ。『俺が要るか』って」
「……それ、どこかで聞いた台詞だなぁ」

あの時は出て行った時任が『俺が要るか』みたいなこと言ってたけど、とか言いながら久保ちゃんが思い出し笑いをする。
そう言えば昔、『俺が要るって言え』って久保ちゃんに向かって言い放ったことがある。
久保ちゃんは俺の手を取って『要るみたい』って微妙な答え方したっけな。
あれを思い出してるのかもって思ったら、妙に恥ずかしいような気になった。
つい、歩き方が速くなる。

「面倒くさがんねーで、ちゃんと探せよ」
「はいはい」
「全然気持ち入ってねーし」

テキトーな返事をしながら、久保ちゃんがのんびり後ろをついてくる。
離れ過ぎないようにちょっとだけスピードを落として、その足音を耳で拾った。
見なくても歩いてる姿が思い浮かぶ久保ちゃんに、後を追いかけてもらえる今がずっと続けばいいのに。
また笑ってはぐらかされそうだから言ってやんねーけど、密かにそんなことを思った。



END



2021/05/06up : 春宵