■連鎖

この事件の連鎖の始まりは、自分なんじゃないかと。
誰にも言ったことはなかったが、ずっと思っていた。
ガソリンスタンドで店員と話し、神と名乗るものと戦って、事実なのだと、その通りなのだと、突き付けられた気分だった。

神と名乗る者との戦いを終えて、皆を見送って。
そうして悠は一人、高台へとやってきていた。
何となくここに足が向いたのだ。
茜色から濃紺へと変わっていく時間。
それでもまだ、茜色の方が強くて。
茜色に染まった町が、ここからは一望出来る。
霧が晴れて良かったと、解決して良かったと、心からそう思うが、だが。
やはりこの町に自分が来なければ、とも思ってしまう。
この町が、ここで知り合った人達が好きだからこそ、思う。

外から来た三人に与えられた役割。
絶望と虚無と希望。
その中で希望の因子を与えられた悠がこの町に来たのは、三人の中で最後だった。
悠がこの町に来なければ、事件自体が起こらなかった、とは言いきれない。
それでも――悠がこの町へと来たのとほぼ同時期に起こった事件。
外から来た三人の思惑が絡み合い事件は連鎖していった。
誰か一人でも欠けたなら、ああはならなかったのだろう。
まるで悠がこの町に到着するのをまっていたかのように始まった事件。
だからこそ、自分がこの町に来なければと思ってしまうのだ。

神――イザナミ。
神と名乗る者との戦いは熾烈を極め、仲間達が飲み込まれていくのを止める事も出来なかった。
結局彼らは無事だったが、最後の最後で可笑しいと思わなければ、あの戦いはなかった。
あの戦いがなければ、本当の意味で解決したとは言えない事は分かっている。
けれど、事件の連鎖の切っ掛けが自分だとしか思えない今は、それさえもが自分の責任のような気がしてしまう。
少なくとも、ここに悠が来なければ、仲間を戦いに巻き込む事だけはなかったはずだ。
色々あった。
特にテレビの中での戦いの日々は、辛い事の方が多かった。
恐らくは自分よりも、仲間達の方が余計にだろうが。
見たくない自分の内面を見せられて、それに打ち勝たなければならなかったのだから。

帰らなければと思うのに、中々この場所を動く気にはなれない。
明日にはこの町を去る。
イザナミとの戦いで疲れてもいる。
菜々子も待っているだろう。
皆に挨拶に行くと言う悠に、皆で夕食を摂ろうと、待ってるからと言ってくれたのは菜々子だった。
堂島さんもそれに同意して、早く行って来いと言ってくれた。
だから、帰らなければと思うのに、足は動いてくれない。
自分がここに来なければ――菜々子だってあんな目に合う事はなかったはずだ。
堂島さんが怪我をすることも――。
そこまで思い、ふぅ、と溜息を吐き出す。
明日この町を去るからだろうか。
今更考えても仕方のないことを、考えてしまう。
もう全て終わったのだ。
今更、この町に来なければなんて思っても、どうしようもない。
何も、変わらない。
それなのにどうしたって考えてしまう。
らしくないな、と思い苦笑する。
まあでも、たまにはいいかと思い開き直った。

元々物事に執着する方ではない。
と言うよりは、様々な事から適度に距離を取って過ごしてきた。
人からも、物事からも。
両親の仕事の都合で子供の頃から転校を繰り返して。
友人も、良く遊びに行ったお気に入りの場所も、失くして来た。
何度かそんなことを繰り返せば、誰だって学習する。
何かに執着するからいけないのだと。
適度に距離を取って生きていけば、いずれ失くす時の辛さが少なくて済む。
だからこの町に来る前だって、一年しかいないのだからと割り切って来たはずだ。
友人なんて作るつもりもなかった。
それなのに、何故こんなことになったのか。
帰りたくないと、離れたくないと、そう思う程に、この町にも仲間達にも執着してしまった。
この町に来なければ良かったのかもしれない。
事件の連鎖の切っ掛けというだけじゃなく、手にしてしまったものが大きすぎて失くしたくないと思ってしまうからだ。

「本当に、らしくないな」

思わず呟いて苦笑する。
二度と会えない訳じゃない。
子供の頃とは違い、今は自分一人でこの町に来ることも出来る。
それなのに、こんなことを色々考えてしまうのは、相当彼らと離れるのが嫌なんだろう。
自己分析してみても、どうにもならない。

「帰らないと、菜々子が心配する」

そう言ってみても、足は動かない。
はあ、と溜息をついた途端、聞こえてきた声に悠は驚く。
それは、少し前に別れたはずの、ここには居ないはずの人物の声だったからだ。

「陽介」

名前を呼べば、いつの間にか隣には陽介が立っていた。

「何やってんだよ、こんなところで。菜々子ちゃん心配してたぞ」
「分かってる。……なんで菜々子が心配してるって知ってるんだ?」
「あー、その、な。――お前が携帯に出ないからだろ」
「携帯?……何か用だったのか?」

携帯を取り出してみれば確かに、着信ありになっていて、陽介の名前が記されている。
だから、何か用があって電話してきたのかと思い聞いてみるが、陽介から明確な答えが返る事はなかった。

「そんな事より、何やってんだよ。こんなところで」
「……何だろうな」
「何だよそれ」

それだけ言って陽介はそれ以上追及しようとしない。
そのくせその場から立ち去ろうとはしないのだ。
場の空気を誰よりも読むこの男は、恐らく今もこの場の空気を読んでそうしているんだろう。
気を遣わせて悪いと言う気持ちと、やはり俺らしくないという気持ちが交差する。
人に自分の感情を悟らせた事なんて、この町に来るまではなかった。
でもまあ、陽介だからいいかと思う。
そう思ってしまうあたり、変わったなと思う。
この町に来て手にしたものは多い。
それは失いたくないと思うものばかりで、だからこそ、考えてしまう。
そんな悠の思考を遮るかのように、陽介の声が響いた。

「お前ってさ、時々訳の分からない事言うよな」
「どういう意味だ、それ」
「そのままの意味だよ。――ま、お前の場合言わない事が多すぎて訳分からなくなってるだけだろうけどな」
「……」
「で? 明日帰るってのに何考えてんだよ。菜々子ちゃんが待ってると分かってて、こんなところに居るような奴じゃないだろ、お前は」
「別に、何も――」
「ないなら、さっさと帰れよ。本当に心配してるぞ、菜々子ちゃん」
「分かってる」

分かってはいるのだ。菜々子が心配してるだろうって事は。
我慢する事に慣れている菜々子は、この一年で随分と子供らしい反応をするようになった。
寂しくても、心配でも、それを言葉にすることもなかった。
待ってるとか早く帰ってきてとか、そんな言葉を悠がこの町に来たばかりの頃の菜々子が言う事はなかった。
そんな菜々子が、待ってるから、と言ったのだ。
だから早く帰らないとと思うのに、どうしても動けない。
けれどそんなことも言ってられないと思い、無理やり足を動かす。
途端にそれを止めるような声が響き、悠は足を止めた。

「待てって」
「……なんだ。早く帰れって言ったのは陽介だろ」
「そんなんで帰ったら、菜々子ちゃんが余計心配するだろ」
「……そうか?」
「そうだ。だから、言えって。何を考えてた?」

どうやら言うまで帰しては貰えないらしいと悟る。
普段は周りに合せ、諍いを起こすような事はしないが、こういう時には絶対に陽介はひかない。
この一年の付き合いでそれは良く分かっていた。
はあ、と溜息を吐き出して、悠は陽介の隣へと戻る。
考えていたことは確かにあるが、それは悠自身の問題で、だから誰にも言うつもりなどなかったのだ。
とは言え、誤魔化しが効かない事もまた、分かっている。
だから、仕方ないと諦める。

「この町で起こった事件の連鎖は、俺がこの町に来たせいじゃないかと思っただけだ」
「――はあ? なんでそう思うんだよ」
「外から来た三人の中で最後にこの町に来たのが俺だからだ」
「……鳴上が来なかったとしても、別の奴にその役割が与えられただけだと思うけどな」
「そうだろうな。だがそれでも、実際その役割は俺に与えられ、そして事件は連鎖していった」
「で、それがどうかしたのか」
「――え?」
「だから、それがどうかしたのか?」
「何も思わないのか。俺のせいで――」
「だから、それがどうかしたのかって聞いてるだろ。……切っ掛けだっていうなら、お前を事件解決に巻き込んだのは俺だ」
「それは……」
「お前がテレビの中に入れる力を持っていたから、だけど。でも、誘ったのは間違いなく俺だぜ?」
「そう、だな」
「ま、出会って間もない友人が、テレビに手を突っ込んで見せるとは、思わなかったけどな」
「確かにな」

そう言って笑う陽介につられるように悠も笑う。
確かにあれは、どうかしていた。
出会ったばかりの相手に、テレビの中に入りそうになったなどと言い、それを実践してみせるなんて、本当に俺らしくない。
そう考えると、あれはやはり起こるべくして起こったのだろう。
この町に来る前の悠ならば、出会ったばかりの人間にあんなことは言わないし、実践してみせるなんて事もしない。
出来る限りの事はした。
自分たちに出来る限りの事は。
防げなかったものもあったし、予想外の事が起きたりもした。

「それに、お前がテレビの中に入れる力を持ってなかったら、天城は――」
「……」
「そこから先の事件は防げたかもしれないけど、天城の事件までは起こっただろうからな」
「ああ」

それは悠も思っていたことだ。
アナウンサーと小西先輩の殺人事件は防げない。
足立がこの町に来た以上、あの事件は起こってしまうだろう。
そして、アナウンサーが殺されれば、それを見た生田目が助ける為にと雪子をテレビへと入れる。
悠たちがそれを助けなければ、事件はそれ以上続かなかったかもしれない。
事件が連鎖することはなかったかもしれない。
けれど、仲間の一人である雪子は――そう考えるとやはり、どうしようもなかったんだろうとは思う。
思うが、それでも――。

「まあ、そんな事言っても、どうせそれでもとか思ってんだろうな、鳴上は」
「そうだな」
「お、珍しくあっさり認めたな」
「お前に誤魔化しは通用しない」
「流石に良く分かってるな」
「当然だろ」

そう言って笑い合う。
陽介が悠の事を分かるように、悠もまた陽介の事が分かる。
この町に来てから恐らく、一番一緒に居る時間が長かったのが陽介だ。
一番最初にテレビに入った時から今日の神との戦いまでずっと、共に在ったのだから。
事件の連鎖の切っ掛けが悠だという思いは消えないが、それでも随分と気持ちが軽くなった気はしていた。
全て終わったのだ。
無事事件を解決し、真実にも辿り着いた。
それもまた、結果なのだから。

「じゃあな、陽介」
「……やっと帰る気になったのか」
「ああ。……菜々子が待ってるからな、早く帰らないと」
「いつものお兄ちゃんに戻ったな」

そう言って笑う陽介を見て悠も微かに笑う。
距離が離れても、きっと陽介との関係は変わらない。
そう思ったのは今日が初めてではないが、改めてそんなことを思っていた。

「じゃあ、帰るか」

そう言って歩き出す陽介の隣を歩く。

『またな』

きっと明日もそう言って別れられるだろうと思いながら、それぞれ家へと帰って行った。
失くせない、無くならない大切なものを、互いに抱えて――。



END



2013/03/19up : 紅希