■連鎖

憎しみの連鎖が、悲しみの連鎖が、止まらない。
俺がしていることは更にそれを重ねていくだけだと分かっている。
それでも、あの国のダアトの皆の日常を取り戻す為の方法を、俺は他に知らない。
ただ普通に生きていくことさえ許されないなんて、そんなことを認める訳にはいかない。
己がした事の結果がどういうものなのか自分自身に刻み付ける。
知らなかったなどと絶対に言わない。
そんな言葉で許されるはずがない事は、誰よりも自分が良く分かっているのだから。

ダアトの王族の、5人兄弟の4番目の王子として、カイは穏やかで平穏な日々を過ごしていた。
それが失われたのは、13の時。
その頃から奇病が蔓延し、それが聖樹が吐き出す毒素のせいだと分かった。
兄達は地上の国に助けを求める為に、行った。
だが誰も帰っては来なかったのだ。
その間に、カイの直ぐ上の兄が毒素の原因が真上のティファエレトの聖樹であると突き止める。
体の弱い兄は、それでも毒素の流入を止める為に、僅かな供を連れてティファエレトの国へと行ったのだ。
互いにとって良い解決方法を探す為に。
けれど――。
一緒に行った供の一人が片腕を失い、兄の首を抱えて帰ってきた。
そしてその後すぐに、奇病を患っていた父が亡くなる。
王であった父の最期の命が、民の国外退去。
この国の財を投げ打ってでも、民を国外へと退去させろと言うものだった。
そのことを民に伝えたが、この国から出て行ったのは僅かな者だけで。
殆どの者はこの国から出て行こうとはしない。
民が国外に退去したのを見届けて、カイはこの国の聖樹から出ている毒素を止める方法を探すつもりだった。
いつの日か、皆がこの国へと戻ってこれる様に、と。
だが、国民の大半は国に残った。
それがカイが13になったばかりの頃の話。
ティファエレトの国によって、兄は殺され、一緒に行った供も、全員殺された。
何処からも認知されていないダアトという国を助けてくれるところは、どこにもない。
この世界味方はいない。
そう悟ったカイは、国を救うために立ち上がる。
民が国外退去しないのならば、この国で普通に生きていけるようにするしかない。
嘆いていても始まらない。
王となったカイを生きる希望としているこの国の民の為にも、やるしかない。
この国を、この国の民を救う方法を、カイは他に知らなかった。
ティファエレトの聖樹が原因ならば、ティファエレトの聖樹を切るしかない。
それが、世界を敵に回す行為だと知っている。
大罪人になることも覚悟している。
それでも、他の方法がないのだ。
憎しみが、悲しみが連鎖していく。
どこまで行けば終わるのか、それさえも分からないまま。
何年もかけて兵を鍛え上げ、そして自らは情報を得る為に、地上のセドという小さな国の姫の従者になった。
機が熟し、ティファエレトの聖樹を切り――その犯人を探す為に、セドの姫アニエスと共に従者として旅立つ。
道中同じ目的の仲間と合流しながら、ティファエレトを目指して旅をしていた。
今ではアニエスも、一緒に旅をしていた仲間も敵となってしまったが。

ティファエレトとの戦いで怪我を負い、無理やり押しこめられた図書館の中で、カイは怪我のせいで半ば気を失うように、眠りにつく。
目が覚めて聞いた事に驚き、今はセドへの道を急いでいた。
一緒について来ていた、元々は仲間で今では敵となってしまっているアレクをどうにか振り切り、カイは一人セドへと急ぐ。
間に合ってくれ、とただそれだけを願って。
ダアトの聖樹を癒す儀式。
その儀式を行えば、アニエスの命は失われる。
ダアトに平穏な日常を取り戻す為だけに、カイは聖樹を切り世界の敵となったはずだ。
アニエスも仲間も騙し裏切り、ダアトの為だけに行動してきた。
ダアトの為には、儀式の成功を願わなければならない。
たとえそれによってアニエスの命が失われるとしても。
だが――。

誰かを傷つけたい訳じゃない。
何かを奪いたい訳じゃない。
俺たちはただ、静かに幸せに暮らしたいだけだ。
ただ生きてくことさえも出来ない状況から抜け出したいだけ。
その為ならば、何を犠牲にしてもかまわない。
全てを失っても構わない。
目的を達した後ならば、この命さえもくれてやる。
そう思っていた。
その思いは変わらないが、ただ一つだけ、失えないモノがある。
いや、出来てしまった。
情報を得る為に利用していたはずだった。
それなのに、いつの間にか俺は――。
その、失えないたった一つのモノさえも、失われようとしている。
それだけは阻止しなければならない。
その思いだけで、セドへの道を急ぐ。
ダアトの平穏な日常を取り戻せるかもしれない方法を、俺は止めようとしている。
目的も何もかも放り出しても構わないと、そう思いさえもする。
あいつが、彼女が生きてさえいてくれるなら。
彼女の居ない世界なんて想像したくもない。
それなのに、何故。
どれだけのモノを俺から奪えば気が済むのか。
どれだけのモノを差し出せばいいのか。

「間に合ってくれ」

荒い息を吐きながら、セドへと急ぐ。
今俺は、アニエスを止める為にセドへと向かっている。
セドにある花が儀式に必要で、アニエスはそれを取りにセドへと向かったと聞いたからだ。

脇にある木に手を着き、息を吐き出す。
先程の戦いで追った怪我は、軽いわけではない。
無理が効くような状態でもない。
限界を訴える体をふらつく足を叱咤して、再びセドへと急ぐ。
アニエスを止める為に。
だが、恐らく止まらないだろうと言う事もまた、分かっていた。
従者としてずっと傍に居たのだ。
彼女の性格は良く分かっている。
それでも、死なせたくない、失いたくない。
怪我を負った体はとっくに限界なのに、その思いだけでカイはセドへと急いでいた。

セドに着き、向かったのはアニエスが良く昼寝をしていた花畑。
儀式に必要だと言う花は恐らくあそこにあるのだろう。
そうでなくとも、彼女はあの場所に居る。
そう、確信出来た。

「アニエス!」

花畑の中に、旅立つ前に見たのと同じように眠る彼女の姿を見つけ、名を呼び駆け寄る。
間に合ったと、ほっと安堵の息を吐き出した。
じっと眠る彼女を見下ろして、懐かしいなと思う。
旅立ってそれ程の時間が経っている訳ではないのに。
彼女の従者として過ごしていた穏やかで温かい日々が、もう、随分前の事のように思える。
こんな風に花畑で眠るアニエスを、何度起こしただろうか。
旅立つ日も、そうだった。
共に在るのが当たり前だった、穏やかで温かい日々。
出来る事ならば手放したくなかった場所。
そんなことを思っていると、アニエスが目を覚ます。
そうしてカイを見て言った事は、やはり旅立つ時の事だった。
同じことを思ったのかと思う。
あの日もこうして花畑で眠るアニエスを、カイが起こしたのだ。
穏やかで温かい日常が崩れた日。
けれどそれは、分かっていた事でもあったのだ。
使命も立場も、何もかも投げ打ってもいいと、そんなことを思ったこともあった。
彼女と共に在れるのなら、それでいい、と。
けれど、それは出来なかった。
ダアトにはカイを待っている人達が居る。
死の恐怖に怯え、それでもカイを生きる希望としている人達が。
そんな自国の民を、見捨てる事などカイには出来なかった。
それでも、共に在りたいと、叶わない事を思った。
だから、――生まれ代われるなら、愛する事を許される距離に生まれたい。
今の俺では、それは許されないから。

目を覚ました彼女に告げられたのは、世界の敵となったカイへの罰。
罰を受ける覚悟くらいは出来ている、だが。
彼女を看取れと、葬れと、そんな事出来るはずがない。
頼むから――生きて。
願いはもう、それだけだから。
他のモノならば、なんだって差し出す。
だから、彼女だけは、奪わないでくれ。
そう願っても、彼女の意思は変わらない。
彼女の従者として過ごした時間は、決して短くはない。
だから、分かる。
彼女を止める事などもう、出来ないのだと。

何故こんなことになったのか。
憎しみの、悲しみの連鎖の果てがこれだと言うのなら。
どうすれば良かったのか。
こんなことを望んだ訳じゃない。
ただ、静かに穏やかに暮らしたいと願っただけだ。
それはそんなにも、過ぎた願いだったのか。
今更もうどうにもならない事は分かっている。
だが、それでも思わずにはいられない。
どうすれば良かったのか、と。

追いかけて来たらしい仲間と共に、カイとアニエスはダアトを目指す。
ダアトの聖樹を、アニエスが癒す為に。
ダアトに近づくに連れて、皆の口数が減っていく。
それはカイも同様だった。
出来る限り傍に――今出来る事と言ったらそれくらいしかない。
後はもう、彼女が生きて戻ってくると信じるしかないのだ。

ダアトに着き、聖樹の前へと行く。
それぞれアニエスに言葉を掛けるが、皆言葉数は少ない。
それはカイにしても同じだった。
信じていると、待っていると、そう告げる事しか出来ない。
何より失いたくないモノが、失われようとしているのを、見ていることしか出来ないのだ。

皆が見守る中、儀式は始まる。
ダアトの聖樹を癒す、儀式が――始まった。



END



2013/03/27up : 紅希