■仮面

 最終決戦前夜。
 俺たち神子様ご一行は、最後に用事のあったフラノールの宿に泊まっていた。
 重傷を負ったアルテスタの所まで名医を連れて行って、休む暇もなくとんぼ返りした後だ。
 身体は疲れまくりで、それを翌日に持ち越しちゃいけないことも分かってる。
 だから、宿の部屋に入ってすぐ寝る準備をして横になってはみたものの―――

 「こんな嫌ってほど雪が降ってる町で、落ち着いて眠れるかつーの!」

 独り言にしては大きすぎる声でそう言って、俺さまはとうとうベッドがら跳ね起きた。
 『明日が最後だ』ってだけで気が立ってるのに、一生見たくないと思ってた雪まで降ってる。
 深呼吸しようが、目を閉じようが、ノイシュが1匹2匹と数えてみようが、とても眠くならない。

 「何で雪ってのは、音がしなくても降ってる気配が分かるのかね?」

 どーせ、まだ降ってんだろう?
 確かめる気だったわけじゃないが、何となく窓の方を見て驚いた。
 ―――カーテン、開けっ放しじゃねーか。
 気が付かなければ、外から見えるような状態で無防備に眠った姿を晒してたかもしれない。
 ガキの時から隙あらば暗殺者に襲われてたってのに、危機感なさすぎだろ、俺。
 一応、自分を叱咤してみるけど、それくらい疲れているんだと改めて気づかされた。

 まぁ……そりゃ、そうだろうよ。
 身体の疲れだってそれなりに溜まってきてる旅の終盤。
 そこに雪を見ていろいろ思い出してしまう心の疲れまで圧し掛かれば、さすがに俺さまでも重い。
 けど、いくら辞めたい、止めたいと思ってても、あいつらの手で引きずり降ろされるのは癪だよなぁ?
 自嘲的に笑って、カーテンを閉めるために窓に近づく。
 感じた気配に間違いはなかったらしく、まだ飽きもせず雪は降り続いていた。
 いっそ睨み付けるような視線で外を見ながら、カーテンの端を握りしめる。


 むかし、むかし。
 王都メルトキオにも記録的な雪が降った日があった。
 ―――そりゃぁもう、今でも夢に見るくらいキレイなもんだったぜ?
 真っ白く積もった雪の上に、母さんが流した真っ赤な血が花みたいに散ってさ。

 俺はまだガキで、今みたいに雪が嫌いどころかバカみたいにはしゃぎまくって………
 自分を狙う魔術の発動に、これっぽっちも気づかなかった。
 もちろん、それに母さんが巻き込まれたことも。
 そして、魔術を放ったのがセレスの母親だったってことも。
 あの事件のせいで、俺はすっかり雪とガキが嫌いになった。
 いい大人になってからは、絶対に降らないような南方に行ってまで雪を避けてたってのに。


 「………ったく、最後の戦いの前だってのに……幸先悪ぃぜ」

 舌打ちしながら、また大きすぎる独り言を呟いた。
 静まり返った部屋で雪を眺めているという状況をどうにかしたかった。
 けど、1人きりでここにいる以上、自分で音を出すしかないだろ?
 それでも目に映る外の景色が変わるはずもなくて。
 最終決戦直前にこの町に来る羽目になったのも日頃の行いのせいか………?
 浮かべていた自嘲の笑みにため息まで混じる。

 キン、と張りつめた冬の空気。
 耳が痛むような静寂。
 月明かりが積もった雪に反射して、夜なのに妙に明るいってのも落ち着かない。
 そんな頭でモノを考えようとしてもロクなことが浮かんでこない。
 どんだけ時が経っても、結局、記憶が書き換えられることなんかない。
 忘れたいと思ってることを、無かったことになんか出来ない。
 何を成そうと、成さなかろうと、自分が何者なのかってことが変わったりはしない。
 今さら思い知らされなくても分かり切ってることを、久しぶりに見た雪がイヤってほど突きつけてくる。

 こんな後ろ向きな考えに圧し掛かられてんのは…俺が迷ってるから…だろうけどな。

 レネゲイドとクルシスとロイドたち。
 三者の間を上手く渡り歩いて暗躍してたつもりで。
 最終的にどこに付くのかなんて、成り行き見てれば自然に分かるだろうと高をくくってた。
 それが、とうとう終わりに差し掛かって………
 寝て起きて朝が来れば迷ってなんかいられないってのに、俺はまだ付くべき相手を決められずにいた。
 すでに事が露見して勝ち目の薄いレネゲードに付くことはないにしても。
 問題は、クルシスとロイドたちだ。
 単純に力だけで判断すれば、間違いなくクルシス。
 本来なら迷いなくそこに飛びついただろうとは……思うんだが……。

 「………俺さまとしたことが……情、移しちまったかな………」

 三者の間で立ち回るスパイが、一番しちゃいけないこと。
 それは……どれか1つに思い入れてしまうことだってのに。
 しかも当初、最も勝ち目のない勢力だったはずの衰退世界の神子ご一行様に肩入れしてるなんて。

 レネゲイド、クルシス、ロイドたちの前で見せる顔。
 繁栄世界の大貴族、神子としての顔。
 世界中の愛すべき女性たちに見せる顔。
 最悪に後ろ向きで皮肉屋で誰も信じてねーって時の顔。
 俺は昔から状況や目的に合わせていろんな仮面を着け換えてきた。

 ロイドたちに出会った時にも当然、それなりの仮面を着けていた。
 衰退世界から来たと言う神子たちご一行はあからさまに俺さまの邪魔になりそうだったし。
 パーティの中には雪よりももっと憎んでたハーフエルフなんかが混じってたし。
 ロイドたちの前で仮面を外すのはコイツらを消す時かもしれないって、半分本気で思ってた。
 シルバラントを救うためとか、熱いお子様思考でテセアラを蹂躙するようなら、実際そうなってただろう。
 けど、あいつらは揃いも揃って、放っとけない挫折を過去に味わった奴らばっかりで。
 しかも、同情しあうのでも慰めあうのでもなく、それでも前に進むしかないって生き方を選ぶ奴らで。

 ―――いろんなことから目を逸らして逃げて来た人間には、眩しすぎた。

 もしかしたら最初から仮面なんか要らなかったかも…って。
 真っ黒な自分を見せても最終的に受け入れてくれる奴らだったんじゃね…って。
 確信を持った頃には、仮面を外せなくなってた。
 だって、こっちは雪明かりでも苦痛だって言うような日陰の人間だぜ?
 何があっても前に進むような、お日様の下で堂々と生きてる奴らの前で、仮面なんか外してみろ。
 眩しくて、自分が嘆かわしくて、苦しくて………目が潰れちまうっての。

 「………結局、そこに行きつくしか無いのかね………」

 外は夜でもこんなに明るいってのに、俺さまの未来はお先真っ暗。
 重い心持ちで力任せにカーテンを閉めてやろうとして、手が止まった。
 相変わらずキンキンに冷えた空気も、町を白く染める雪も変わらなかったけど。
 そこに赤いものが見えたからだ。
 ………って言っても、今回のは血の花じゃなくて。

 この寒さの中、何故か外に出ていくロイドの赤い外套だった。
 後ろ頭しか見えないから表情までは分からないが。
 時々、脇を振り返ったり誰かと話しているらしい身振りが見えたり。
 連れが居るんだろうってことだけは遠くからでも分かった。
 残念ながら、建物や街路樹なんかに上手いこと隠されて、相手が誰なのかは分からないけど。

 「おいおい、ハニー、相手が違うくねー?………て言うか、ロイド!
  俺さまがトラウマに苦しんで眠れないで居る時に、よろしくやってんじゃねーぞ!」

 誰も聞いてないのに、思わず軽口がこぼれた。
 今日は話すことも姿を見ることもないまま明日の決戦を迎えるんだろうと思っていただけに、急に姿を見かけただけで何となく気分が上がったんだろうと、自己分析してみる。
 ………って、何で俺さまがロイドの姿を見てテンション上げなきゃなんねーんだか。

 「………でもまぁ、今夜は見逃してやるよ」

 窓の外の赤い後ろ姿に『カッコいい神子様』の笑顔を投げかけて、今度こそカーテンを閉めた。
 本来の役割を果たすなら、俺はロイドの後を追って“誰か”との会話の内容を聞くべきなんだろう。
 けど、今夜は決戦前、最後の夜だ。
 ロイドにとっても、他のメンバーにとっても……そして、俺さまにとっても。
 そんな時に、無粋な真似も“役割”を優先して無駄な時間を過ごすことも勘弁してほしかった。
 だから、俺も黙ってベッドに入りなおす。

 ―――明日が来るのは、まだ何時間も先のこと。
 ―――俺が迷う時間もまだまだあるってことで。
 いまだに迷おうとする心に任せて、また結論を横に置いておいてみる。
 そうして、冷えた瞼をそっと閉じた。


 決戦は、明日。
 


END



2013/02/05up : 春宵