■囚われの鳥
神々の黄昏で、ぼくは央や両親と離れ離れになりました。
常に央と共にあって讃えて、少しでも長く家族の一員で居られるように、と。
ぼくなりに頑張っていたのに、結局ひとりぼっちになりました。
いいえ、違うのかもしれません。
政府の中枢であるクロックゼロにいて、この世界の王たるキングの傍にいて。
情報をもらえる約束をしているのに行方がつかめないなんて、あるだろうか。
キングやルークに騙されているのかもしれないと思うのと同時に、時々考えました。
仮初めでも、お情けでも、家族として一緒に居てもらえていた。
そう思っていたのは、本当はぼくだけで。
央も両親も、ぼくのことなど少しも気にかけてはいなかったのかもしれない。
彼らの方がぼくと合流することを拒んで、会えないんじゃないかと。
本当は神々の黄昏なんてなくても、最初からずっとひとりぼっちだったんじゃないかと。
―――天罰だ、なんて思いませんよ。
ぼくは家族が大事で、彼らを守るためだったら他の全部を切り捨てられた。
数回話しただけの他人が交通事故で植物人間になろうと。
誰かを助けようとして、どこかの天才少年が世界を壊してしまおうと。
その引き金を引いたのがぼくだろうと、どうだって良い事じゃないですか。
“彼女”のことも可哀想だと思うけれど、ぼくには関係の無いことです。
『話があるって…央は一緒じゃないの?』
関係無いと言っているんだから、いい加減、忘れてもいいんじゃないですか。
9年も頭にこびりついて離れないなんて、あなた、しつこいにも程がありますよ。
『珍しいこともあるのね。……でも。』
事故現場に誘い出すためにかけた電話の向こうの彼女の声。
あの時、ぼくは家族を守る事だけでいっぱいいっぱいで、深く考えたりしなかった。
けれど、ひとりぼっちになったと思ってから、ふとした瞬間に思い出すんです。
『円が自分で会いたいと思ってくれたなら、嬉しいわ。』
ぼくの事なんて深く知らないはずの彼女が、そう言っていたことを。
“円”が自分の意志で行動することが嬉しいのだと―――
央以外の他人がそんなことを口にするのを初めて聞いた、あの時の衝撃を。
◇◆◇
カツン、カツン、カツン。
いつもと同じ足取りで、クロックゼロの建物内部を歩く。
だって、変に歩調を変えたら、まるで何かあったみたいじゃないですか。
「はっ…ビショップ! お疲れ様です!」
「警備体制、機器異常、ありません。」
「……あっそ。」
すれ違うミニッツのメンバーが口々に挨拶やら報告やらをして来るのが微妙に煩わしい。
変わったことが無いのなら、今はちょっと話しかけないで欲しいんですけど。
内心そう思ったのが、うっかり適当に返した返事に出てしまったかもしれない。
けれど、取り繕う必要性も感じなかった。
どうでも良いことは本当にどうでもいい。
それが、ぼくの昔からの在り方だったじゃないですか。
頭の中で誰にともなく主張する。
―――おかしいですね。
いくら口にしていないと言っても、ぼくが誰かに言い訳めいた主張をするなんて。
クロックゼロでぼくが誰かに感情を動かされるなんて、そうそう無いはずなのに。
ぼくの感情を動かして良いのは央だけで、その央は今ここには居ないと言うのに。
カツン、カツン、カツン。
………ていうか、さっきから響いている靴音。
自分の歩く雑音がこんなにも耳障りなものだとは知りませんでしたよ、まったく。
部屋に着いて立ち止まり、自動ドアが開くまでのほんの少しの時間さえも腹立たしい。
無言のまま、また耳障りな靴音をたてて歩いて、深く椅子に腰かける。
そして、背もたれに身体を預けながら天井を睨むこと3秒。
「―――ふぅ。」
ようやく自分が苛立っていることを認めて、ため息をついた。
原因は、もしかしなくても先程まで一緒にいた九楼撫子のせいだと自覚がある。
初めて見た彼女の泣き顔と、叫ぶように言った彼女の言葉が鮮明に焼きついていた。
『私の知ってる円をどこにやったの?』
『円を返してよ!』
それはもうひどい顔をしてしゃくりあげながら、彼女は何度もそう言った。
紛れも無く“英円”であるこのぼくに向かって、だ。
九楼撫子―――キングが過去の時間軸から拉致(さら)ってきた囚われの鳥。
ま、正確には拉致ってきた張本人は、ぼくなんですけど。
ともかくぼくにとって、彼女は本当に数回の面識があるだけの存在だった。
交通事故で植物人間になっていた“元”の彼女も。
小学生の意識を転送され身体だけ22歳になった“今”の彼女も。
本来のぼくの在り方から言えば、『どうでも良い』に分類されるような存在でしかない。
苛立たしく思わされるような積極的な感情を持つはずもない。
けれど、だからこそ彼女の言葉が癪に障ったというのも分かった。
優しくて家族思いで純真で、本当はワガママなのに出さないように抑えていて。
至近距離じゃないと見えないほど弱視で、手先が器用でアクセサリーをよく作っていて。
彼女が泣きながら挙げ連ねた“円”は、確かに身に覚えがある“ぼく”だった。
なのに、彼女がそれを知る時点で決定的に“ぼく”じゃない。
悔しいとは思わない。
嫉妬する理由もない。
なのに気に入らない。
いらつく。癪に障る。
苛立たしいと思ったのは、彼女が『自分の知る円を返せ』と言ったこと自体じゃなくて。
たぶん、“ぼく”であり“ぼく”ではない円が、自分を出せるような相手を持っていた、と。
あまりにも自分とは違う、彼女の言う円が気に入らなかったせいなんだろう。
彼女に家族しか知らないようなことを話して、将来の夢まで語ったという“英円”。
元が同じだけに信じられないと思うのと同時に、あり得ない事じゃないと思うと少しモヤモヤした。
『円が自分で会いたいと思ってくれたなら、嬉しいわ。』
ぼくの知る“元”の彼女がいつか口にした言葉を思い出す。
もう何年も昔の事で、今の彼女とは見た目も中身も違う。
なのに、中学生だった彼女が言った言葉と、今の彼女が同じことを口にする姿が重なった。
あの時のぼくに違う未来を選ぶ道があったのならば―――
今の彼女が返して欲しいと言うような自分になっていただろうか。
自分のことをよく話し、央を置いて休日に他人と外に出かける。
素直にワガママを言って、あまつさえ将来の夢まで語ったという、あり得ない英円に。
「………まさか。」
心底薄ら寒くて身震いをする。
百歩譲って央や両親に対してそんな姿を見せる事はあっても、彼女に対しては絶対にないと思う。
しかも事故に遭う前の元の彼女ならばまだマシだったろうけど、今の彼女は中身が小学生だ。
いくらぼくが純真で真面目だからと言って、そんなお子様にハマるはずが無いでしょう。
キングじゃあるまいし。
―――ま、見ていて面白いとは思いますけどね。
また頭の中で誰にともなく呟いてから、デスクに向かいパソコンの電源を押す。
起動画面にぼんやり映るぼくの顔は、何故か少しだけ微笑んでいた。
END
2012/04/09up : 春宵