■君の、となり

夏休みも後半にさしかかった8月中旬
私は特に何もする事がなく、家でゴロゴロして時間を潰していた
こんなにのんびりなのは何日ぶりだろう

「そういや最近コウちゃんと会ってないなあ・・・」

私はバイト、コウちゃんはバイトと補習という何故か大忙しの夏休み前半
中々お互いの都合が合わず、月初めの花火以来顔を合わせてなかった

昨日やっとバイトから解放され、「今日でバイト御終い!」とコウちゃんにメールで報告後にヨレヨレで帰宅
今日こそコウちゃんに電話するんだ!と思っていたのだが、お風呂から上がった時点で既に意識朦朧で
「菱橋さん・・・ヒドイ・・・」と言う、何だかよくわからない自分の譫言を最後に、ブッツリ記憶が途切れてた
そして気が付けば今朝…という訳である

嵐のような試作ゲームデバックのバイト、本当に死ぬかと思った
家とバイト先との往復で1日が終わる、そんな日が2週間ぶっ通しで続いたのだ
無論その分お給料は筈んでもらった訳だが、さすがにこれからも続けて働こうとは到底思えない
知人に頼まれてアッサリ引き受けた自分の迂闊さを呪いつつ、夏休みだけの話でよかった・・・と本気で安堵した

コウちゃんには事前に、バイトが忙しくなったら電話できないかも…と連絡はしていた
忙しかったけど毎日のメールだけは欠かさず送っていたし、コウちゃんからも返事は来てたけれど
中々声を聞けないってのは、結構どころか、物凄く寂しかった

やっとバイトも終わり私のも時間の余裕が出来た事だし、勿論財布にも余裕がある
しかも今日は土曜日、コウちゃんもバイトの日じゃないはず
思い立ったが吉日、突然行って驚かせてやろうと思い、私は電話もせずにwastbeachに向かった

途中のコンビニで、アイス等々の差し入れを買い、wastbeachまで続く長い坂を下りきった時
入口の階段のところで、バイクの整備をしていたコウちゃんと目があった
頭にはいつものタオルだが、よっぽど暑かったのか上半身裸だ…あら…ちょっと恥ずかしい…かも

「ひ、久しぶり〜今日も暑いねー!」
私は少し狼狽えながらも、なるべく平静を装ってコウちゃんに挨拶をした
「よう どうした このクッソあっちいのにココまで散歩か?そういや変なバイト終わったんだよな お疲れさん」
のっそり立ち上がったコウちゃんから返ってきたのは、予想はしてたが至極普通の挨拶だった 

悲しいかなこの人は自分の今の格好が、私にどのような影響を及ぼすかなんて微塵も思いつかなかったようだ
まあそこがコウちゃんらしいと言えばそうなんだけど…ダメだ…地味に落ち込むから気にしない事にしよう…
でもその格好でこっち来られると顔が…ニヤケるんだよね…でも怪しがられるよコレじゃ

「え!ホ、ホント疲れたよ…もう絶対あのバイトしない!今日はコウちゃんもお休みだろうと思ってさ
何してるのかな〜と思って。差し入れいっぱい持ってきたよ!ルカくんは?」
私は焦っていろんな事をいっぺんに喋ってしまったが、コウちゃんは特に怪しむでもなく私の質問に答えてくれた

「ルカは今日はバイだとよ。何だか店が忙しいらしいぜ?おっ!差し入れか〜気がきくじゃねーか、何持ってきたよ?」
「アイスとかコーラとか色々買ってきたよ。アイスは冷凍室に入れとくね」
「おう、サンキュー」

冷蔵庫に買ってきたものを仕舞い、表に戻ってきた私は、その話題に触れていいのかどうかちょっと迷いながらも
「ねえコウちゃん…上に何か着た方がよくない?怪我とかしたりしない?」
とさり気なく聞いてみた

しかし「何言ってんだよオマエ、このクッソ暑いのに服なんざ来てられるかってんだよ
それに今日はオイル交換とチェーンにグリスつけるだけだしな 怪我なんざしねえよ
部品付けるかエンジンいじるって時にゃあぶねえから着るけどよ、今日は暑すぎだ。そこまですんのはだりぃ・・・」
と、いとも簡単に一蹴されてオシマイだった

「そっか…でも怪我には気をつけてね」
「へえへえ、ありがてえご忠告痛み入るぜ全く」

私は自分が気にしなければ大丈夫大丈夫大丈夫と何度も呪文の様に言い聞かせ、なるべく意識しないように
でもちょっと離れて、人の気も知らず減らず口を叩いているコウちゃんの隣に座った

しかしその数分後、私は先程の自分の質問のマヌケ具合を悟る事態となった
確かにここは、一応は日陰にはなっているが、実際はアスファルトの照り返しがものすごく
熱気ムンムンムレムレ状態だったのだ
その証拠に座ってものの5分も経たない今、既に私は汗だくになっていた

さすがにこの状態じゃ誰でも裸にもなりたくなるよね…ダメだ、ホント暑い
あまりの暑さに、私も全部脱ぎたい衝動に駆られたが、絶対コウちゃんに怒られるから何とか辛抱した
心の中で「コウちゃん、こんなに暑いとは知らなかっからさ…変な事気にしちゃってゴメン…」とコッソリ謝っておいた

「ココあっついね〜私も裸になりたい位だよ…それ終わったらアイス食べようね」
私は吹き出る汗をタオルで拭いながら、コウちゃんに声をかけた 
「おう…だけどすぐには終わんねえぞ?今さっき始めたばっかだからよ…それと、絶対脱ぐな」
「もう…わかってるよ、別にかまわないから横で見てていいでしょ?」
「おう、悪ぃな なるべく早く終わらっせからよ」
そう言うとコウちゃんは、中断していた作業を再開した

私は作業中に話しかけるのも悪いかと思い、最初は大人しく眺めていたが
だんだん工程や目の前の道具が気になってきて、結局はコウちゃんを質問責めにしてしまった

「それ何?どうするの?」
「オイル交換用のオイルだ。汚れたら交換してやんねえとエンジンイカレるからな 
ホントは一緒にエレメントも交換してやりてえんだけど、それはまた今度だな、金がねえ」
「それは?スプレー?」
「チエーンのグリスだ。ここ潮風キツいからよ、すぐサビが来る。それに乗ってると油薄くなるし
定期的にグリス塗って調子見てやってると、チェーンの緩みもチェックできるしな」
あれこれと聞く超初心者の質問に、コウちゃんは特に嫌がるふうでもなく、丁寧に説明してくれた

「そっかー バイクや車維持するのも結構大変なんだね」
「そーでもねえぞ?元々細かい作業嫌いじゃねえからな。そりゃ元手がありゃあもっと改造して…とか思うけどよ
そこまでは今は無理だしな…せめてマメに整備して大事に乗ってやらねえとな」
私に色々説明しながらも、コウちゃんは慣れた手つきでオイル交換をし、掃除をしたチェーンにグリスをスプレーする
要するに整備の手は全く止まらないのだ 流石だなあ

私が「ふーん」や「ほうほう」と呟きつつ、作業をするコウちゃんの手元をまじまじと眺めていると
「オマエ…さっきから色々聞いてくっけどよ、こんなの見てて楽しいか?」
と、本当に面白いのか?といいたげな顔つきでコウちゃんが聞いてきた 
まあそりゃそうだろう、こんな事に興味を持つ女の子はそうはいないだろうしね

私は、本当に楽しいんだけどな・・・と思いながらも、上手く伝わるかはわからないけど頑張って説明してみた
「うん、基本的な構造がわかると結構楽しいよ?この部品が、こうしてこうしてああこうなるんだなって
ああ、だからスムーズに動くんだなって・・・パズルが繋がった時のああ!って感じかな?んーちょっと違うけど
・・・うーん?私の言ってる事わかる?」
「何となくはな。なるほどね・・・意外だな、女はこんなもん全く興味ねえもんだと思ってたけどよ、やるなオマエ」
あまり要領を得ない説明だったが粗方は伝わったようで、コウちゃんはニヤッと笑いながらこっちを見た

「そう?女の子にも色々種類がありますからね。でもこうして見てると、やっぱメンテナンスって大事だね
きちんとメンテナンスしてればスピードも結構出るのかな?」
「そーだな、メンテサボると勿論スピードは出ねえ。でもな、メンテも重要だけどそっから先は乗り手のテクニックだな
後は…感性っつーか、感覚っつーか、上手く言葉に出来ねえけど…まあ要するに早さじゃルカにはかなわねえ」
コウちゃんは、最後はちょっと拗ねたような口調でぼそっと言った

「あはは…ルカ君の運転はジェットコースターみたいだもんねえ…でも私はコウちゃんの安全運転好きだよ」
「そりゃどーも、ナイスな慰めありがたいこって」
軍手を外して伸びてきたコウちゃんの手が、ポンポンと私の頭を撫でた

ちゃんと汚れた軍手は外してくれる所がやっぱりコウちゃんだなあ、と思いつつも
「慰めじゃないよ、ホントだよ?だってコウちゃん私が後ろに乗ってる時は、いっつも安全運転してくれてるでしょ?」
と私は本気で言い返した。だって本当にそう思ってるんだから、そこはわかってもらわないと困っちゃう

「悪ぃ悪ぃ、オマエの言いたい事はちゃんとわかってっからよ もうちっとで終わるから」
と、優しく笑いながらコウちゃんはもう一度頭をポンポンと撫でてくれた

その後コウちゃんは、ブレーキの効き具合やら、ランプ切れがないかの点検を済ませると
よっこらせっと立ち上がって伸びをしながら、頭のタオルを外し顔の汗を拭いた
「よっしゃ!コレでしまいっと!あ〜クッソ背中痛え!長い時間付き合わせてホント悪かったな」
「別に気にしなくていいよ 私も楽しかったし」
と言いながら冷えたコーラを差し出しすと、コウちゃんはよっぽど喉が渇いていたのか一気に飲み干した

「待たせた詫びになるかどうか分かんねえけどよ、チェーンの調子見てえからひとっ走りするけど、オマエも一緒に行くか?」
「うん!行くよ!」
「それとも最近あんま出かけてねえし…明日どっか行く方がいいか?」
「えーとね、今からのひとっ走りと、明日のお出かけと両方!」
「コラテメェ…そりゃ欲張り過ぎだろ」
「いいの!今まで会えなかった分なんだから文句言わない!」
「へえへえわかりましたよ、しっかし両方と来るとはなあ…とりあえずシャワー浴びてくるからちっと待ってろ」
「うん!」

バイクの整備の話も、そこから先のスピードの話も、明日のお出かけの話も勿論楽しい
でも私が一番楽しい事 それは今コウちゃんの隣にいる事
その事、当のご本人はわかってるのかな…わかってないだろうな絶対

「おら行くぞ!」
気が付けばメットを2つ持った、当のご本人コウちゃんが後ろに立っていた
「ちょっとまってよ〜置いてかないでよ〜」
私は手に持っていたコーラを慌てて飲み干すとコウちゃんの所に走っていく

「どこ行きてえ?」
「どこでもいいよー」
「じゃ そこらへんテキトーに流すべ」
「りょーかい!」

私にとっては、一緒にいられる事が一番楽しくて嬉しい事
楽しい時は勿論だけど、悲しい時も辛い時も、いつもコウちゃんの隣にいられたらいいなと思う
私はそう思いながらバイクの後ろにまたがって、コウちゃんにしっかり抱きついた



END



2012/06/11up : はてにゃん