■こころ

何度か見たことのある過去の映像
人類が滅亡する原因を作った森村千尋博士と、その博士を殺すために雇われた殺し屋の関ヶ原瑛。
森村千尋博士のDNAから作られたクローンが冬坂五百里で、殺し屋の関ヶ原瑛のDNAから作られたクローンが、今の自分だ。
過去殺される側と殺す側だった二人が、今一緒に居るのだから、何の因果かと思う。
ふと時計を見れば、結構な時間が経っている事に驚く。
帰らないと五百里が心配すると思いながらも、一度考え始めたことは止まらなかった。
この映像を五百里に見せた事はない。
他の者たちにもその辺りは確認しているから確実だろう。

五百里がこの映像を見たら、どう思うだろう。

そんなことを思い、苦笑する。
この結末を掴むまでの間に、何度やり直したのかは分からない。
最後の戦いを乗り切って掴みとった現実は、あの時程ではないにしろ、中々に大変な日々だった。
それでも今、幸せなんだろう。
自分もそして他の皆も。
誰よりも幸せを願っていた諒子さんも、きっと。
家に帰らないとと思いながらも、この過去のデータが集められた施設から出ることが出来ない。
何も映っていない真っ黒な画面を見つめたまま、作られた世界での日々へと思いを馳せた。

誰にどう思われようと、構わなかった。
家族同然の諒子さんが幸せなら。
自分と諒子さんがもう一度やり直せるのなら、そのためなら何だってするつもりだった。
だから、誰にどう思われようと、どうでも良かった。
諒子さんと自分の事以外、考える余裕などなかった。
確実に失われていく記憶。全てを忘れてしまうまで、残された時間はそれ程多くはなかった。
そんな日々の中、彼女が自分の前に現れ、そして唐突に自分の心の中に入ってきた。
そんな余裕はないと、突き放すことだって出来たはずだ。
彼女――冬坂五百里に好きだと言われたあの時、彼女と自分の過去の関係を知っていた。
今まで見ていたこの映像を、あの時既に見ていたのだから。
冬坂は、森村千尋博士のDNAから作られたクローンではあるが、同一人物ではない。
だから、あの映像も厳密にいえば自分と彼女ではない。
それでも、彼女を突き放す理由にはなったはずだ。
あの時の自分に残された時間は僅か。彼女に割く時間などなかった。
それなのに、彼女を突き放す事が出来なかった。
それどころか、自分の機兵を譲った。
残された時間のない自分は、あの時点では戦うつもりはなかったから。
不特定多数の人間を助けるために戦う時間など、なかった。
やり直すつもりだった。
ループして、もう一度。
諒子さんも俺も、記憶を失わなくて済むように、やり直すつもりだったのだ。
それが叶わないのだと、この戦いに負けたら、ループ出来ないどころか何もかも終わりなのだと知って、先に戦っている彼女の元へと向かう為に、手放した機兵とは別の機兵を手にして、最後の戦いに身を投じた。
総勢十三名。
良くもまあこれだけ集めたものだと思った。
あの戦いに勝利する確率は、かなり低かったはずだ。
それでも、今こうして現実を手にしている。
第二の地球と言える、この星で。

「何やってんの、こんなところで」
「……如月か」
「あんたね、五百里が心配してるの分かってるでしょ」
「……ああ」
「瑛くんが帰ってこないの。朝から様子がおかしかったから……どうしたのかなって」

五百里の口調を真似て言う如月を見て、関ヶ原は溜息を吐き出す。
まあ、気づかれているだろうとは思ってはいた。
出掛けると言った時に、五百里は関ヶ原を心配そうに見ていたから。
別に何かあった訳じゃない。
ただそう、不意に時間が出来て、先ほど見ていた映像の事を思い出したのだ。

この星の開拓もある程度落ち着いて、どうにか生活していけるようになり、忙しかった日々も終わりを告げた。
そうして時間が出来れば、嫌でもあの日々を思い出す。
作られたあの場所で、夢を見るという形で経験していた、非現実な日々を。
だがそれでも、あれが現実じゃなかったとしても、あの戦いに負けていたら、現実のポッドで眠っていた自分たちも、消滅していた。
本当に最後の戦いだったのだ。

「あんた本当に今日はちょっとおかしいよ。何かあったの?」
「何も」
「だったらさっさと帰りなさいよ」
「……一つ聞いてもいいか」
「何よ」
「如月は、この映像を見たことがあるか」

言いながら、関ヶ原は電源を入れる。
映し出されたものを見て、如月は小さく頷いた。

「五百里以外は、見てるはず。あんたが五百里に見せるのを反対してるんでしょ」
「お前はどう思うんだ。五百里にこれを、見せるべきだと思うか」
「それは……分からない。でも、五百里は森村博士じゃない」

それは、今この星に居る皆が理解していることだ。
過去の自分と同じDNAを持った存在が、別人だということを。
その彼らのやったことは今の自分には何の関係もないことも。
だが、それでも心のどこかで、過去の自分と彼女の関係を気にしているのも事実だ。
あまりそういった事を気にしない関ヶ原でさえそうなのだ、彼女は気にするだろう。

「そんな事は分かっている。俺だって、殺し屋じゃない」
「……うん、だけど。森村博士が人類滅亡のきっかけを作ったって知ったら、気にするとは思う」
「……俺に殺されたことは」
「それは、意外と気にしないと思うけど」
「……そう、か」
「もしかして、あんたはそっちが気になってるの?」
「……」
「……なんか、珍しいものを見た」

そう言って笑う如月を、関ヶ原は無視することにした。
笑いながら関ヶ原をからかう如月。
こうなると分かっていたから、聞きたくなかったんだと思う。

あの作られた世界での日々の中、他の事を考える余裕などなかった自分は、誰にどう思われようとどうでも良かった。
目的を達するためだけに、動いていた。
その最中全ての記憶を失って、自分が誰なのか、今いる場所がどこなのか、何をするべきなのかも分からなくなった。
冬坂五百里の生徒手帳を見つけ、なんとなく見覚えがあると思い、彼女を利用しつつ、どうにか過去の記憶を全てではないが取り戻した。
その結果、この戦いが本当の意味で最後の戦いだと知り、彼女の元へと向かったのだ。
彼女がいなければ、自分はあの戦いに身を投じることはなかったはずだ。
今こうして現実を手にすることも、なかったかもしれない。
だがそれを彼女に上手く説明する自信は、関ヶ原にはない。
せめて感謝している事だけでも伝えられたらと思うが、それも難しい。
はあ、と溜息をついた関ヶ原を見て、如月は本当に珍しいと呟く。

「まあでも、あんたがそんな風になるなんて、五百里の影響なんだと思うと……」

言いながら耐え切れなくなったのか、再び笑い出す。
何がそんなにおかしいのかと思いながら、関ヶ原は小さく溜息を吐き出した。

まあでも、五百里の影響だというのは、否定はしない。
彼女に会わなければ、きっと今の自分はここには居ないのだから。

取り合えず笑い続ける如月をその場に残し、関ヶ原は家へと向かう。
心配そうに、けれど嬉しそうに関ヶ原を迎えてくれるだろう彼女の元へ。



END



2020/05/16up : 紅希