■手を伸ばせば、すぐ其処に

夕方 教会からの帰り道 私の方を振り向いて彼が言う
「おい!早く来いよ!」 その言葉と共に差し出されれる手 
「待ってよ コウちゃん!」 私は差し出されたその手を握る

夕方 学校からの帰り道 私の方を振り向いて彼が言う
「オラ 早く来いよ」 その言葉と共に私の方を振り返り
「待ってよ 琥一君!」 私はその背中を追いかける

あの時と会話は同じ でも何かが違う
そう 何かが足りないんだ ううん…何かが…じゃない
足りないものが何なのかはとっくに気がついている

私の一番欲しいものは手を伸ばせば あの時のようにすぐ其処にあるのに
昔のように受け入れてもらえるかどうかわからなくて 中々その手を伸ばせない

「ああ?!お前…それはやめろよな ガキの時じゃあるまいし…ったく」
高校での再会後 昔みたいに「コウちゃん」と呼んだ時に言われた一言
まあ真っ赤になって言われたから怒ってる訳じゃないのはすぐにわかったんだけど
言われた時はちょっとだけ落ち込んだ 実際声はかなりドスが効いていた訳だし

その会話の後呼び名を「コウちゃん」から「琥一君」に変えた時には特に何の異議申し立ても無く
今のところはそのまま「琥一君」で落ち着いて入る
しかし本当のところはどうなんだろ?いっその事「桜井君」と呼んだ方ががいいんだろうか?
でもそうしたらルカ君と区別が付かなくなってしまうのでそれは私が困る訳だしねぇ…

名前だけでもあんな反応だったのに
今回の要望に関してはじろっと睨まれて同じセリフが返って来るのが目に見えている
いや…何か言われる方がまだマシなのかも 無言だったら…うえぇ…しばらくは再起不能かもしれない

それがわかっているからなかなか行動に移せない 顔が怖いのは全然大丈夫なんだけど
やっぱりあの頃と同じようにってにはいかないのが現実なのかな 


並んで歩くいつもの帰り道
学校を出た時は隣に並んでいるけど 背の高い琥一君の歩幅は広くてだんだん私が後ろになっていく
一緒に帰っているのに何だか少し遠い気がする 前を歩いているのはあの時と同じなのに
ちょっと寂しくなって 目の前の制服の裾をそっと引っ張ってみた

「あぁ?」
琥一君が少し驚いたような声を出して振り返り 眉間にしわを寄せたいつもの顔で後ろの私を見下ろす 
「おい どした?あ ああ…悪ぃ 歩くの早ぇか?」
「そうじゃなくて、ちょっと…別に何でもないけど…何となく…駄目?」
「そーか…」

琥一君はイヤだとも 離せとも言わなかった でもそのままでいいとも言わなかった

彼の制服の裾を掴んだままてくてく歩く
彼は私の前を何にも言わずに歩き
私も彼の後を何も言わずに制服の裾をつかんだまま付いて歩く

しばらくして 唐突に琥一君が立ち止まった
そのまま私の方に振り返り頭を掻きながらぼそぼそと言った
「あーお前さ…そこ持つんなら よ…ほら……だから…」 

言いにくそうにそっぽを向いて最後の方の言葉を濁す ああやっぱりイヤだったんだ 
顔に似合わず細かい所で気を使う人だから イヤだって中々言い出せなかったんだろうな

「あ ゴメン 歩きにくかった?」
私は慌てて彼の制服から手を離す ああ やっぱりこうなっちゃうんだよなあ
次に気合が入るのはいつになるんだろう私 思わず下を向いてため息をつく

そんな私を見ていた彼が ふてくされたようなでもちょっと困ったような声で言った
「チッ………そういうんじゃねぇよ…ったく…めんどくせえなあ…ちっとは察しろよ…ほら」
そう言って唐突に目の前に差し出される手 

「……え?」
驚いて顔を上げる でもすぐに前を向いてしまったので彼の顔は見えなかった
チラッと見える耳が少し赤くなってる ソレは夕日のせいじゃないと思いたい

「………あ」 
どうしていいのかわからなくて目の前にある彼の手をまじまじと眺めていると
「どっちなんだよ いるのかいらねえのか」
彼は相変わらず前を向いて手を差し出したままぶっきらぼうに聞いてくる

「……いる…勿論いるに決まってるよ!」
慌てて差し出された手をそっと握り横に並ぶ
あの時とは違う大きな手 でもその手の暖かさは変わらない あの時と同じ暖かさ

「えへへ…」
嬉しさがこみ上げてきて 思わず笑顔がこぼれる
「何だよ お前気持ちわりぃぞ…ヘラヘラしやがって」
「えーヘラヘラなんてしてないよ 失礼だなぁ もう」 
笑顔で彼を見上げる そんな私を見下ろす彼の顔も笑顔だった

手を繋いでてくてく歩く
私は彼の横で何の事は無い話をしながら歩き
彼は私の横で適当な相槌を打ちながら歩く

「……それでね?もう!コウちゃ…あっとゴメン…琥一君話聴いてる?」
あれこれと話が弾むうちについつい昔の感じで名前を読んでしまった
あ!やっちゃった!と思いつつちらっと横を見上げる
そんな私を見下ろす琥一君から返ってきたのは意外な言葉だった

「…別に構わねえよ」
「へ?」
思ってもみなかった返答に焦った私は思いっきり妙なリアクションをしてしまった
「お前…へ?って……まあ2人だけの時なら構わねえって言ってんだよ……その…コウちゃんで」
「ええ!?本当にいいの?!えへへ…嬉しいな」
予想外の展開に再び笑顔が溢れ出す
「言っとくが2人だけの時だけだからな!!それと!!ニヤニヤすんな!!」
「へぇへぇ わかりましたよコウちゃん それとニヤニヤしてませ〜ん!」
「何だとコラ!!」

顔を見合わせて二人で笑い出す
伝わる温もりはあの時と同じ 
見た目だけで変わってしまったと勝手に思い込んでいた 
彼はホントは全然変わってなかったのに
昔と同じ変わらない笑顔と優しさ まあ…ぶっきらぼうな所も相変わらずだけど

私が伝えたい気持ちもあの時と同じ
その想いが今この掌から伝わればいいのに 

子供の時は上手く言えなかったけど
言葉に出さなくちゃいけない日がいつか来るんだろうな
その時私はちゃんと言えるかな

「大好きだよ」って



END



2012/05/21up : はてにゃん