■おかえりなさい

コンビニで適当に買い物を済まし 袋をぶら下げての帰り道
この時期昼間はちょいと暑いが夜は中々いい感じだ 顔に当たる風が心地いい
しかしまあこう残業が続くとさすがに萎える
体力的にはどうってことねえが精神的にクルなこりゃ
世の中のオヤジ共はこれを何十年続けてるわけだ 正直頭が下がるってもんよ

ぷらぷら歩きながら「今日も一日お疲れさん…ときたもんだ」なんて事を言ってみたが
返ってきたのは最近ちょっと賑やかになってきたカエルの鳴き声だった

「はぁ〜ご返答はカエル様ですか くくっ」
まあ世間一般的に1人暮らしってのは大方こんなもんだろう
1人で帰って1人でドアの鍵を開けて部屋の電気を付ける 当たり前だけどな
別に侘しいって程でもないがやっぱりどうも物寂しいしいつーか イヤ…やっぱ侘しいってヤツだなこりゃ
まあ明日は休みだし久しぶりに美奈子誘ってどっかに出かけて…あ?

そんな事を考えつつ顔を上げた視線の先に見えたものはこうこうと電気が付いた俺の部屋だった

オイオイ…何で俺ん家に電気付いてんだ?
出がけに消した…イヤ出たのは朝だし電気は付けてねえはず…
じゃあ夜からつけっぱなしか?…チッ…やっちまった
クソッ!!電気代もったいねえだろ!!

慌てて階段を上り鍵穴に鍵を突っ込みドアノブを回すが回らない 
ハア?おい!どうなってんだよこのドア!
待てよ…鍵突っ込んで開かねぇって事は…最初から開いてたって事ですかい?
イヤ『ですかい?』とか言ってる場合じゃねえんだよ!
この俺とした事が鍵まで締め忘れちまってたのか?
まあ盗られて困るような…もんはレコードくれえだからいいけどよ…イヤその前に物騒だろーが!!
ったく…なっさけねえぞ…俺…ありえねぇ…

自分のまさかの間抜けっぷりにため息を付きつつドアを開けた瞬間
「おかえり!コウちゃん!玄関でガチャガチャ音してたから何事かと思ったよ〜」
「はあ!???美奈子??」
ボケッと突っ立っている俺の目の前に満面の笑みを浮かべた美奈子が立っていた 
何で?美奈子が俺ん家にいるんだ?しかもエプロン付けてだと?
そりゃ鍵は渡してあるしいつでも来いとは言ってあるけどよ…そもそも今日来るって聞いてねえぞ?
いやちょっと待て…美奈子がいるって事は…だ

「美奈子オマエ玄関から鍵開けて入ったんだよな?」
「??そうだよ?当たり前じゃん まさかルカ君じゃあるまいしさすがに窓からはちょっと…おっと…で 何で?」
何の事を聞きたいのかよくわかってないのか 美奈子からはちょっと訳の分からない返事が返ってきた
「イヤ んで部屋に電気ついてたか?」
「???ううん???だから何で?」

ますます怪訝な顔になる美奈子はさて置き 俺はちょっと…いやかなり安心した
やっぱ鍵の掛け忘れも電気の消し忘れもなかったって事かよ…ちっ…下手に落ち込んで損したぜ
ん?待て…さっき…ルカ君じゃあるまいし…窓からは?? アイツ何やってんだよ俺ん家で…
まあそっちの話はルカを来週辺りしめて一発解決だ

「どしたの?コウちゃん 何かあったの?変だよ?」
1人でブツブツ行っている俺に再び美奈子が怪訝そうに聞いてきた
「お…おう…何でもねえよ あ そうだ た…ただいま」
俺は慌てて未だ胡散臭そうにこっちを見ている美奈子の頭をワシワシ撫でて誤魔化す

もう〜止めてよ〜と言いつつも笑顔に戻った美奈子が俺の荷物を受取りながらのんびり言った
「じゃあ改めて…おかえり〜帰ってくるの遅かったねえ 今日は残業?」
「お〜最近忙しくってな 毎日こん位の時間に帰って…っと…おい今何時だ?」
「え?今?えっと 9時半だよ?」
同じようにのんびり答えていた俺だったが今の時間を聞いてはたと我に帰った
何?もう9時半?それじゃあもうちっとで美奈子を家に帰えさねえといけねぇ時間じゃねえか…

「9時半だよって…オマエ時間大丈夫なのか?そりゃ送ってやるけどかなり遅くなるぞ…明日…は学校休みか?」
「勿論明日は学校もバイトもお休みですよ だからいつもよりゆっくり出来ますよ」
「お…おう…ならよかった」
「いいえちっともよくないです」
美奈子がちょっとふくれっ面になってこっちをにらんできた
「はあ?何がだよコラ」
「最初の件です。ただいまの前にさぁ…『はあ?美奈子???』はちょっと酷くない?…実は家で待ってるの嫌だったとか?」
拗ねてヒヨコみたいな口になっている美奈子に笑いを堪えながら軽くデコピンをかましてやった

「プッ!バーカ 嫌な訳ねえだろ…でもな 来るなら来るで連絡くらいしろよ? 最近残業多くて帰ってくるの遅ぇから…
待たせんのも悪ぃしよ 今日だってもうこんな時間だしよ…オマエ何時から待ってたんだ?」
そりゃ俺だって美奈子が家にいるのが嬉しくないわけじゃない 寧ろ大歓迎だ
それに来るってわかってりゃコンビニなんぞに寄り道しねえで真っ直ぐ帰ってきたのによ
いつもより時間に余裕があると言えこんな時間からじゃゆっくり話も出来やしねえ 
しょうがねえけど飯食ったら送っていかないとな

「もう!痛いよコウちゃん!!今日は夕方から居るよ 学校の帰りにここ来たんだ。ビックリさせようと思って」
さっきのデコピンでちょっと赤くなったおデコを摩りながら美奈子が答えた
「もう十分ビックリしたってよ…あ…長ぇ間待たせて悪かったな…でオマエ飯どうしたよ?今から何か作るか?」
そういった途端美奈子の眉がぴくっと吊りあがり眉間に軽くシワが寄った

「………………………あの…コウちゃん?少々お伺いしますけど今日は何月何日がご存知?」
「はあ?オマエ急に訳の分かんねぇ事言ってんだよ…5月19日だろ?で?それがどしたよ」
「……………………それ本気で言ってる?」
ますます美奈子の眉毛は吊り上がり眉間のシワも深くなる 

「だから5月19日がなんだってんだよ…めんどくせぇ…あ?!ああ!」
「やっと思い出した?毎年忘れてるからびっくりしちゃうよ」
軽くため息をつきながら美奈子が笑う
「あぁ…どうやら俺の誕生日みたい…だな」
「みたいなじゃないでしょみたいなじゃ!!もう!」

自分の誕生日なんて今の今まで完璧に忘れていた 
仕事場も野郎ばっかで「お誕生日おめでとう!」なんて雰囲気なんぞ微塵もねぇし そもそも皆俺の誕生日なんぞ知らねえし
正直なとこ明日は仕事が休み…くれぇの感覚しかなかったぞ

「お…おぅ…すまねぇ…だから俺に内緒で来てたって訳か…」
「やっと分かった?まあ思い出したんならいいよ!許してあげよう!」
玄関先で何だから早く上がってといつもの笑顔に戻った美奈子に促されて靴を脱ぐ 

言われるがまま靴を脱ぎながらふと
「オイオイ…誰の家だよココ 俺ん家だろーが くくっ」と呟いたのが美奈子に聞こえていたらしく
「うるさーい!文句言わずさっさと上がってきなさい!」とのありがたいお言葉が台所から返ってきた

部屋に上がるとそこはいつもの殺風景なテーブルとはうって変わった豪勢な夕食と花とケーキが並んでいた 
お…ケーキは…甘くない事を祈るがまあ美奈子の事だから大丈夫だろ

久しぶりの豪勢な食事を目にするとやっぱテンションが上がる
そりゃ1人でもそれなりに栄養なり何なり考えて料理はするがやっぱり作ってもらうのは単純に嬉しいってもんよ 
それがテメェの大事なヤツが作ってくれたとなりゃ尚更だ

「おお!こりゃすげーなあ!1人で作ったのか?肉は…」
「もっちろんありますとも!コウちゃんのお誕生日だからね奮発しましたよー当の本人は忘れてたみたいだけどー」
「へぇへぇすませんねえ おう オマエ何変な顔してんだよ」
食器とグラス、お箸を並べ終え向かい側に座った美奈子がんふふ〜と妙な笑い声と共にニヤニヤしながら紙袋を差し出した
「誕生日プレゼント!開けてみてよ!!」

「おう…ありがとな」
目の前に出された紙袋をありがたく受け取る
美奈子から渡されたプレゼントの中身は俺が昔からずっと探していたレコードだった
「うおお!これどこで見つけたよ!オマエやるじゃねーか!!!すげぇ!!」
自分でも暇を見つけては色々と探してはいたが中々見つからず 半ば諦めていたものだったので喜びも一入だ

「んふっふーーーーん!すっごい頑張ったのよー!!褒めて!」
「よしよし さすが美奈子よくやった…でもよ…コレ結構高かったんじゃんえのか?悪ぃな…」
「もう〜コウちゃんいっつもそう言う事言うんだから〜誕生日なんだしそんなの気にしないの!ねえご飯食べようよ」
「そっか…サンキューな…飯だ飯食うぞ!腹減ってるしな」
「食べよっか コウちゃんお誕生日おめでとう!!」


食後の洗い物は自分でやるといったが「今日は誕生日なんだから座ってて!!」と美奈子に言われ
ソファーでぼんやり寝っ転がっていた

台所で洗い物をする美奈子の後ろ姿を眺めながら色々考える これまでの事 今日の事 これからの事

なあ オマエさあ…わかってるか?
そりゃあ料理も美味かったし欲しかったレコードも半端ねえほど嬉しかった
けどな…俺が今日1番嬉しかったのはオマエが家にいて「おかえりなさい」って行ってくれた事だってのをよ
それが俺にとっちゃ1番のプレゼントなんだよ 本当に他は何にもいらねぇ だから決めた

意を決してソファーから腰を上げ台所にいる美奈子の後ろに立つ
「なあ 美奈子」
「うん?なーにー?座ってていいよ?もうすぐ終わりだから」
「オマエが良ければ…なんだけどな…一緒に…ここに住まねえか?」

「え?」
俺の方を振り向いた美奈子の目はこれ以上ないって位でっかくなっていた
そのでっかく見開らかれた目にあっという間に涙が盛り上がっていく
ちょ…ちょっと待てコラ!そこで泣くのか?泣くほど嫌なのか?

「あ!イヤ!な…泣くなよ…お前に泣かれるとどうしていいかわかんねえしよ…その…イヤなのか?」
「もう!!イヤな訳ないじゃん!!嬉しくて泣いてるに決まってるでしょ!!!!コウちゃんのバカ!!」
「そっか…悪ぃ…」

台所で突っ立ったままワンワン泣いている美奈子を抱きしめる 
この場所でプロポーズってのも何だか色気もねえし しまらねえ話だがこの際そんな事に構っちゃいられねえ
今ここで言わなきゃ何時言うんだって話だ 場所なんざどうでもいいって事よ

「これからは…ずっと一緒だ…オマエの誕生日も 俺の誕生日も それと…いつか増える新しい誕生日もな」
「うん…うん!そうだね…一緒に居ようね ありがとうコウちゃん…」
「ああ…そうんだな」


しばらく経ってから美奈子が腕の中で下をむいたままゴニョゴニョ小さい声で呟いた
「後…ね さっきから言おういおうと思ってたんだけど…中々言い出せなくて…その…」
「な…何だよ 今更嫌だとかは聞かねえからな」
「ち…違うよ!!あの…今日は…帰らなくても…大丈夫…だよ?」
「…!」


19歳の誕生日 それは俺と美奈子の中で一生忘れる事のない誕生日になった









オマケ

「あー今日はコウちゃんの誕生日なのに一番いいもの私が貰っちゃったね」
「別にいいじゃねえか 気にすんな」
「ふふ〜」
「おう そういや…帰ってた時言ってたルカが窓から云々ってのは何なんだよ」

「うっ!!…実はさ言うなって言われてたんだけど…夕方ご飯作ってたら窓から入ってきて…びっくりしたよ…
『美奈子いるって分かったからさーびっくりさせようと思ってー後コレ誕生日プレゼントだからコウに渡しといて!!じゃ!!』
って…窓から帰っていった そこに置いてあるよ」

「イヤお前がいるんなら玄関から入ればいいだろあの馬鹿」
「そんなの知らないよ〜 ところでルカ君からのプレゼント何?手紙ついてたよ?」
「…………オマエは見なくていい」

「え〜〜〜〜ずるい〜〜〜〜〜」
「……見たいか?」
「……何か嫌な感じだからいい」
「そうしとけ 後でイヤでもわかるからよ」
「む〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

『お兄ちゃんへ 予備にどうぞ 足りなかったらゴメンね でも俺的には使ってもらわなくても全然オッケ!
美奈子似の女の子希望(・ω<)☆彡 byイケメン叔父さんルカレンジャー』



END



2012/05/21up : はてにゃん