■おかえりなさい

どうにか終末補喰を阻止してから、どのくらいの時間が過ぎたのか。
ブラッドの隊長として、アラガミとの戦いの日々に追われる中、神威ヒロは時々フライアを訪れる。
点検の為に入れなかったりする時もあるが、今日はそんな事もないようだ。
やっと空いた僅かな時間。
その時間を使って行く場所は、フライアにある庭園。
初めて庭園へと降り立った時には、移動要塞であるフライアの中に庭園があることにも驚いたが、エレベーターを降りて見えた光景に本当に驚かされた。
アラガミに喰い荒らされる前には見る事が出来たであろう光景。
だが、今ではまず見る事が出来ないものだ。
色とりどりの花が咲き、奥には大きな木がある。
その木の根元には――良くあの人が座っていた。
エレベーターに乗り、過去へと思いを馳せる。
アラガミとの戦闘が終わり癒しを求めてこの場所へと来れば、隊長という立場上、色々と忙しくしているジュリウスが、木の根元に座りぼうっと中空を見つめている。
そんな事が良くあった。
彼にとっての癒しの空間。
安らげる時間を邪魔してはいけないと思うのだが、気配に敏感なのかジュリウスは毎回直ぐにヒロに気付く。
そうして隣を指し示し、ここに座れと言うから、良く隣に座って他愛もない話をした。
とは言え、ジュリウスは饒舌な方ではないから、ヒロの話に相槌を打つ程度の事が殆どだったが。
それでも、面白くもない話を、嫌がらずに聞いてくれたのだ。
何が面白いのか、時には微かにではあるが、笑う事もあって。
時々ではあったが、そんな風に過ごす時間が、ヒロにとっても癒しだったのだ。

庭園の木の根元に座るジュリウスの姿を見る事が出来なくなってどのくらい経つのだろうか。
ジュリウスは螺旋の樹の中、終末補喰と闘っている。
二つの終末補喰の力の均衡が崩れないように、闘い続けているのだ。
いつの日か「おかえりなさい」と言える日が来る事を願っているが、今のところその可能性は限りなく低い。
ジュリウスが螺旋の樹から外へと出てくれば、その瞬間、全てが終わるだろう。
極東支部の支部長でもあるサカキ博士がそう言っていた。
ジュリウスの持つ「統制」の力。
特異点であることと、その力と。
どちらが欠けても駄目なのだ。
仮に特異点の代わりとなるものが出来たとしても、「統制」の力がなければ二つの終末補喰の力の均衡を保てない。
その力の代わりとなるものが見つかればいいが、それを特異点の代わりとなるものに持たせることが出来るのかが分からない。
現状では、ジュリウスがあの場所で闘い続けるしかないのだ。
そして彼は、仲間を守る為ならば、あの場所で闘い続けるのだろう。
きっといつまでも。
だから「おかえりなさい」と言える日は、遠い。
それでもいつの日か――そんな事を思いながら、ヒロは庭園へと足を踏み入れた。
その瞬間、木の根元に座る人影に、驚き立ち止まる。
だがすぐに、それがギルバートだと分かった。
見た目が全然違うのに、何故一瞬でもジュリウスだと思ってしまったのか。
そんな事を思い、ヒロは苦笑する。
ギルバートへと近づく前に、この場所にある墓へと近づく。
目を閉じ、心の中で近況を報告して、そうしてゆっくりと、木の根元に座るギルバートに近づいて行った。
何も言わずに隣に座る。
しばらくの間どちらも無言でただ中空をぼうっと見つめていた。
この場所へは、ブラッドの隊員は時間が空けば足を運ぶことが多い。
癒される空間だと言う事もあるが、この場所にはロミオの墓があるから。
時間が空けば、皆それぞれロミオの墓へと近況報告にやってくる。
それにこの場所は、ブラッドの元隊長が良くいた場所でもあるから。
そう言った理由から、ブラッドの隊員はこの場所へと割と良く足を運ぶ。
だが、この場所でギルバートと会ったのは初めてだった。
そんな事を思っているヒロの耳に、ギルバートの声が届く。

「あいつが居る限り、今回みたいに特異点を作ろうとするような動きはないらしいな」
「……らしいね。でもそれって――」

結局ジュリウス一人を犠牲にしてるって事じゃないんだろうか。
そう、思うけれど言葉には出来ない。
そんなこときっと、ギルバートだって思っているだろうから。
ジュリウスが特異点として存在する限り、今回の赤い雨や黒蛛病のような、特異点を作ろうとするような現象は起きないだろうとサカキ博士が言っていた。
赤い雨も黒蛛病も、以前に現れた特異点を失ったために起きた事だと言う。
特異点を失えば、再び地球は特異点を作り出そうとする。
終末補喰を起こすために。
――ジュリウス君はそれも、分かってたんじゃないかな。

そんな風にサカキ博士は付け加えていた。
自分が存在する限り、他に特異点が現れる事はない。
だから、終末補喰が起きる事もないのだ。

「あいつ、良くここに居たよな」
「ああ、そうだったな。――なあ、ギル」
「なんだ?」
「俺、諦めてないから」
「……一緒に帰るって奴か」
「良く分かったな」
「まあな、俺も諦めてないからな」
「帰ってきたら、おかえりって言ってそれから――文句を言ってやらなきゃ気が済まない」

ヒロのその言葉にギルバートは少しだけ驚いた顔をして、それから少しだけ笑う。
そうして、そうだな、と肯定の返事をした。

だってそうだろう。
仲間を守る為に、それだけの為に、一人で何とかしようとして、その思いを利用されて。
何で言ってくれなかったのかと思う。
ジュリウスが仲間を守りたいと思ったのと同じように、仲間達だってジュリウスを守りたいと思っていたはずなのだ。
時間が掛かってもいいから、皆で一緒に、ロミオのような犠牲を出さなくて済むような方法を、探していけば良かったのだ。
同じ血を分けた兄弟だと、一番最初に言ったのはジュリウスだと言うのに。
なのにその兄弟を、肝心な時に頼らなかった。
頼って欲しかった、言って欲しかった。
一人で戦ってる訳じゃないのだと、伝えたかった。
そのどれも叶わなかった結果、今に至る。
だから、もう一度会えたら、帰ってきたら、文句と共に言えなかった事を言う。
そうして、今度は同じ場所でまた一緒に戦いたいと思っていた。
――それが叶う可能性は限りなく低いと分かっているけれど。
それでも、諦めたくはなかった。

「ま、取り敢えずは」

言いながら、ギルバートは立ち上がる。
そうしてまだ座っているヒロを見下ろして、微かに笑って告げた。

「こっち側は任されたからな。――行くか」
「そうだな」

言いながらヒロも立ち上がる。
休憩もそろそろ終わりだ。
終末補喰を阻止しても、アラガミが減ることはない。
それどころか、感応種含め、新たなアラガミが次々と見つかっている。
休んでいる暇は、あまりないのだ。

こちら側は任された。今回は頼られたのだ。
それしか方法がなかったとは言え、それでも。
任された以上は守り抜く。
それが、彼の願いなのだから。
いつの日か「おかえりなさい」と言えるその時まで――。



END



2013/11/29up : 紅希