■約束の場所

 久しぶりに鳴上と遊ぼうって話になった日曜日。
 俺たちは連れだって鳴上の家に来ていた。

 『田舎だ』って馬鹿にして、こんなことを思う訳じゃないけどさ。
 この辺でつるむ場所ってホントに数えるほどしか無い。
 鳴上が転校してきたばっかりの頃は、珍しいところにも案内したけど。
 普段、遊ぶような場所の9割は放課後の定番コースとカブってるしさ。
 遊ぼうって電話したのは良いけど、行く場所に迷った。
 ジュネスに集合ってのも『特捜隊のミーティングかよ』って話じゃん?
 りせちー助けた後だし、犯人が動くかもって思うと遠出も出来ないし。
 こっちから誘った手前、どうしたもんか考えてた時。

 「ウチ、来るか?」

 鳴上の方がそう言ってくれて、マジで助かった。
 何つーか、欲しいタイミングに欲しい言葉をくれるあたりが、さすがリーダーって感じ?
 ………って、これじゃ里中と同じ思考回路だな。

 そんなことを考えているうちに鳴上の家に着いた。
 来るの自体は初めてじゃなかったから、挙動不審になることもなく鳴上の後に続いた。

 「ただいま」
 「おにいちゃん、おかえりなさい!………あ、こんにちは」
 「こんにちは、菜々子ちゃん。お邪魔しまーす!」

 一人で留守番してた菜々子ちゃんに出迎えられて、挨拶をする。
 その後、鳴上に促されて部屋に案内された。
 飲み物でも持ってくるからテキトーに座ってろ、とか言われて。
 本当にテキトーにソファーに座って、ホッと息を吐く。

 「………これが、鳴上の部屋、か」

 家に来たことはあっても、鳴上の部屋に入ったのは初めてだ。
 女子の部屋に入ったんじゃあるまいし、オトコの部屋、眺め回してもな………。
 そう思ったけど、一応(何が)、見回してみる。
 で、ちょっと考えてから首をひねった。

 “鳴上らしい”ものが無い。
 何故か、そんな風に思えたからだ。
 もちろんコレは鳴上の物だろうなって思うものは普通にあるんだけどさ。
 趣味とか好みとか、そういうのが分かりそうなものが何も見つからない。
 俺が座ってるソファーも、木製の箪笥も、スチールラックも、テレビも、チェストも。
 一般家庭に当たり前にあるモノだけど、“鳴上らしい”訳じゃない。
 借り物みたいだ…って、そこまで思ってからやっと気づいた。

 つーか、実際、借り物なのか―――そんな、当たり前のことに。
 この家は“堂島家”で、菜々子ちゃんは“堂島菜々子ちゃん”なんだ。
 鳴上の本当の家でも無ければ、本当の部屋でも無い。

 「………そういや、転校生だったんだもんな………」

 それも、俺以上に短い滞在期間の。
 鳴上は、たぶん、ものすごく、頼りになるヤツだ。
 学校でも、外でも、テレビの中でも。
 さっきの里中思考じゃないけど、『これぞ鳴上』『さすがリーダー』っていつも思う。
 俺は、先輩の仇を討たなきゃ、事件を解決しなきゃ、ってテレビの世界にのめり込んで。
 そんな『これぞ』で『さすが』な鳴上と“相棒”とか言って一緒に戦える事が嬉しかった。
 放課後や休みの日に一緒につるむと、事件がらみじゃなくてもテンションが上がった。

 でも最近は楽しいことばっかりでも無くて。

 俺がこの町で変に有名人だったりするせいで、やっぱ鳴上にも迷惑っつーか。
 一緒に居るだけで嫌な思いさせてんじゃねーかって、気になったりもしてて。
 『アイツの店のせいで商店街が寂れていってる』
 聞こえるようにそういうこと言われんの、俺は慣れてっけど。
 鳴上は一緒に居て陰口聞いたり、指さされてんの見たりするのは嫌だろうな、とか思ったり。
 ついこの間も、ジュネスのフードコートに居た時、バイトやってる先輩に絡まれた。
 その時は見かねた感じで鳴上が割って入ってくれたけど……迷惑だっただろうな、とか思ったり。
 だって、ほんっっっとに何事にも動揺しないんじゃないかって思う鳴上が怒るくらいだぜ?
 どんだけ、いつもいつも嫌な空気に巻き込んでんだよ、俺………。

 ―――先輩じゃなくても………さすがの鳴上でもウザいヤツって、思うよな。

 どうしても気分が上がらない時は、そんなことを考えた時もあった。
 鳴上はそんなヤツじゃない。
 そんなこと、思ってるはずない。
 すぐに否定するのに、どうしても消しきれない疑い。

 センパイだって、そんなニンゲンじゃないと、オモッテタのに。

 掻きむしりたくなるような不安が、ペルソナを受け入れた今でも時々、襲い掛かってくる。
 小西先輩と一緒に撮ったプリクラが出てきた。
 例えば、そういう小さな出来事がきっかけになったりして。

 「つーか、ウザいとか思われる以前の問題……?」

 半端ない存在感で忘れてたけど―――俺たちと一緒に居るのは、いわゆる“仮初め”で。
 今、ここに一緒に居ることも、鳴上にとっては通り過ぎた一瞬みたいなもんかも、って。
 いつかその程度のことだと思われる日が来んのかも、って。
 転校が多かった俺だからこそ思う。
 フゥ………っと、重いため息を漏らしてしまった、その時。

 「待たせた。………陽介?」
 「へ?」

 不意に部屋に入ってきた鳴上に、思わず気の抜けた反応を返してしまって焦った。
 俺のため息を思いっきり聞いたんだろう。
 口には出さないけど『どうしたんだ』って顔で、こっちを見てる。
 ………俺は意外と押さない押しに弱い。
 押しまくっていた小西先輩の時とは真逆の自分を発見して苦笑いする。

 「お前の部屋って、どんなのかなって考えてたんだよ」
 「どんなのって、今、見てるだろ?」
 「じゃなくて!………お前の、鳴上ん家の、部屋」
 「………ああ」

 俺のいきなりの質問に面食らったんだろう。
 鳴上は俺の顔を見ながら少し考えるように黙り込む。
 そして、フッと笑ったかと思うと意外な答えを返した。

 「気になるなら、見に来ればいいだろ」
 「見に来ればって………お前ん家に?」

 こくん、と頷く鳴上。
 今度は俺の方が面食らって黙り込んだ。
 そして、ようやくのことで、答えを返す。

 「そういうこと言うと、本気で行っちゃいますけど?」

 しかも、何故か敬語だ。
 鳴上も鳴上で、当たり前みたいに『本気で来ればいい』なんて言う。
 ―――それだけのことで、鳴上が通り過ぎるはずの一瞬を長引かせられたような気になってる。
 浮かなかった気持ちが上がってくる。
 俺は、冷静なフリをして『何にせよ事件が終わってからか』なんて答えてみた。

 事件が解決するまで。
 小西先輩の仇が討てるまで。
 鳴上が自分の居場所に戻ってしまうまで。
 あと何日、なんて考え込む自分を前に向けて1歩を踏み出す。
 俺は、いつか一緒に行くことになる『約束の場所』。
 本当の“鳴上の部屋”がどんなものか想像しながら、今やるべきことを口にした。

 「………じゃ、今のお前の部屋のお宝発掘、始めますか! まずは布団の下、だな!」
 


END



2014/02/06up : 春宵