■最果て
それをしばらく眺めて、ちらりと今出て来たオルニオンを振り返った。
帝国とギルドという相容れなかった者同士が手を取り合って作った街。
浮上した古代都市タルカロンに居る、デュークの元へと行くまでの間、ユーリたちはこの街で夜を過ごす事が多くなっていた。
まだまだ発展途上のこの街を、見届ける為というのも理由の一つだろう。
生きて行くのに欠かせなかった
いつまでもいがみ合っている場合じゃない。
手を取り合わなければ、混乱が予想されるこの先を乗り越える事など出来ないだろう。
この世界を守る為に、
それが今、この世界を脅かしている。
災厄として降りかかろうとしているのだから。
過去に、封じる事しか出来なかった災厄。
それを完全に消す為に、多くの
正確には、その動力源である
そして、
リタが作った剣を媒介に、世界中の
人の命を犠牲にせずに、
世界も人も、どちらも守る為には、それしか方法がないのだから。
心臓の辺りを手で押さえ、蹲る。
流石に無理しすぎたかと思い、苦笑した。
座ったまま景色をしばらく眺める。
空を見れば、不気味なモノが見えるが、景色はそんな事は関係なく、綺麗だった。
ふぅ、と息を吐き出して立ちあがり、レイヴンは空に浮かぶタルカロンへと視線を投げた。
人類を滅ぼし、この世界を守るというデュークの選択が間違っているとは思わない。
だが、”生きる”ことにした以上、それを認める訳にもいかなかった。
彼から親友である
しかも、人を助けてくれたエルシフルを裏切り、殺したのだから。
それを目の当たりにしたデュークが人に絶望するのも分からなくはない。
同じように
あの戦争は本当に、酷かった。
沢山の仲間と親友と、密かに想っていた人までも喪い。
レイヴン自身も命を落とし――あの時はシュヴァーンだったが――だが、それで良いと思った。
それなのに、今こうして”生きて”いる。
最近までは、”生きて”はいなかった。
生きる気力等、あるはずもなかった。
全てに、絶望していた。
アレクセイの道具として動く事に疑問を持つ事もなかった。
どうだって良かったのだ。
帝国騎士団に所属していた、シュヴァーン・オルトレインは
抜け殻の身体で、何も思うはずもなかった。
ただ道具として動いていただけなのだ。
レイヴンとして生きると決めたあの瞬間までは。
10年前の
アレクセイが己の道具とする為に、生き返らせたのだ。
生き返って、感じたのは絶望。
同じように生かされたイエガーも、シュヴァーンと同様だった。
当然だろう。
仲間を、友を、大切な人を喪い、生きる意味などどこにあると言うのか。
それ程に、あの戦いは酷かったのだ。
街が一つ壊滅し、一般人の犠牲も出した。
地獄とも言える戦いを経験し、その上沢山のモノを喪った。
生きる意味など、見出せるはずもない。
何故あのまま死なせておいてくれなかったのかと、思うのはそんな事ばかりだった。
だから、道具だろうと何だろうと、構わなかった。
その結果、得た仲間を裏切ることになろうが、本当にどうでも良かったのだ。
ただただ、最果てを望んでいた。
誰か――そう、願っていた。
アレクセイの命で、レイヴンとしてユーリ達の仲間に加わった。
エステルを見張る為だけに。
そして、彼らを裏切って、アレクセイの元にエステルを連れて行ったのだ。
僅かも、心が痛む事はなかった。
そんなものは10年前命を落とした時に、一緒に失くしてしまったのだから。
忘れられた神殿 バクティオン。
エステルを取り戻す為にやって来るだろうユーリ達を迎え討つ為に、そこで待っていた。
帝国騎士団隊長主席、シュヴァーン・オルトレインとして。
あの時、ユーリ達と対峙して、僅かに歓喜したのを覚えている。
やっと、やっと最果てに辿り着けるのだと、そう確信したから。
待ち望んでいた。この抜け殻の身体を最果てへと導いてくれる者を。
ただただそれだけを、ずっと望んでいたのだ。
死に場所を、探していた。
ユーリ達に敗北して、本当にこれでやっと、そう思った。
漸く終わりが訪れる、そう思った。
最後にユーリに斬りかかり、わざと斬られ、けれどそれでも死ねなかった。
音と共にバクティオンが崩れ始めて、出入り口が塞がれる。
アレクセイが、既に不要となった
どちらにしろ、最初からこの場所を出るつもりはなかった。
漸く、最果てが訪れる、そう思っていた。
その場に座り込んでいるシュヴァーンに、ユーリが掴みかかる。
最後までしゃんと生きろと怒鳴られて、本当に容赦がないと思っていた。
だが、そのお陰でずっと止まったままだった何かが、動き出した気がしていたのだ。
閉じられた入口に向かって弓を放つ。
どうにか入口を開ける事が出来たが、その衝撃で天井が崩れて来た。
天井が落ちて来るのが見えて、このままでは彼らも助からないと思った瞬間には、動いていた。
生命力を動力としている
しかも彼らと戦い、ユーリに斬られた後では、確実に命はないだろう。
だが、そんな事に構ってはいられなかった。
彼らを、死なせる訳にはいかなかった。
助けたいと思ったのだ。
落ちて来る天井を、身体で支える。
通常の
天井を支えたシュヴァーンをユーリ達が驚き見ている。
早く行けと促しても、カロルは中々その場を動こうとしない。
ユーリが何かを耐えるような声でカロルの名を呼び、それで漸くカロルは開いた出口に向かって走り出した。
ガラじゃないとは思ったが、最期に彼らを助ける事が出来たのならば、この抜け殻の身体にも意味があったと思った。
それなのに――。
己の部下三人に助けられて、今こうしてレイヴンとして”生きて”いる。
シュヴァーン・オルトレインは、バクティオン神殿で二度目の死を遂げた。
レイヴンとして生きる事を決め、そうして今此処に居る。
正直、10年も”生きて”いなかったため、色々と戸惑う事の方が多い。
だがそれでも、この景色を、綺麗だと思える今は、満ち足りていた。
だからこそ、失くす訳にはいかない。
あの空を覆う不気味なモノを消して、この世界も人も守らなければならない。
そうしなければ大切なモノは守れないのだから。
ふぅ、と息を吐き出した瞬間、気配を感じて、レイヴンは武器へと手を掛ける。
だが、その気配が良く知った仲間のモノだと気付き、武器に掛けていた手を下ろした。
見れば隣には、皆を此処まで率いて来たユーリが居た。
「何してんだよ。こんなところで」
「散歩よ、散歩」
「おっさん。街に着く度に、独りでふらりと居なくなるよなあ」
「良く見てるわねえ、青年は。だけど、そう言う事には気付かない振りをするものよ。大人の事情って奴なんだから」
「大人の事情、ね」
納得していない口調で言うユーリを見て、気付かれないように苦笑する。
本当に良く見ている、と思っていた。
無理をすると
どうしても戦闘が避けられない状況が続くと、痛みと苦しさに襲われるのだ。
仲間に気付かれないように、こうして離れた場所まで来て落ち着くのを待つのがいつもの事だが。
まさか気付かれていたとはね、と思う。
「無理はするなよ」
ああやっぱり、とその言葉を聞いて思う。
本当にこのユーリという青年は良く見ている。
気付かない振りをしてはいるが、仲間の様々な事情や感情にも、気付いているのだろう。
「そう思うなら、もう少し労わってよ。おっさんもう、若くないんだから」
「茶化すなよ」
睨まれて告げられて、肩を竦める。
空に浮かぶタルカロンへと視線を投げて、レイヴンは言葉を紡いだ。
「あそこでの戦いさえ終われば、少しはゆっくり出来るでしょ」
「ああ、そうだな」
「なら、頑張らないとね」
「……本当に、無理はするなよ」
「青年も、心配性ね、ホント」
言いながら思う。
無理をしない訳にはいかないだろう、と。
生きると決めた以上、デュークを止めなければならない。
止められなければ、この世界に生きる全ての人の命が、奪われてしまうのだから。
そこには己も、そして仲間である彼らも含まれる。
顔も知らない誰かなど、どうでもいい。
だが、己のした事を理解した上でそれでも受け入れてくれた彼らを、喪わせる訳にはいかない。
また、あの時のように喪う訳にはいかないのだから。
世界が残っても、彼らが喪われてしまっては意味がない。
だから、今無理をしなくていつするのだと思う。
まあ、全てが終わった後も、ゆっくりしている暇があるかどうかは、分からないが。
ギルドも問題が山積みだし、「
出来れば放置したいが、借り出される事は予想出来る。
忙しくなりそうだと思いながらも、道具として過ごしていた日々よりは、ずっと良いと思っていた。
そんな事、誰にも絶対に言うつもりはないが。
とにかく、生きていかなくてはならない。
己の命は、ギルド
勝手に死ぬなと命令もされている事だし。
この
生きる事を放棄していた時に犯した罪は、背負って。
アレクセイを倒したら、先の事を考えるなんて言ったが、正直未だに身の振り方は決まっていない。
ま、10年分の色々を取り戻すのも良いかもしれないとは思っているが、どうすれば良いのかが分からない。
まずは、生き方を思い出して、全てはそれからだ。
取り敢えず今は、レイヴンが戻るまで隣に居続けそうな青年を、宿に戻させるべく、戻るかと思う。
彼が居たからこそ、仲間達は皆此処まで来たのだから。
後少し、頑張って貰わなければ困る。
「青年は、おっさんが心配で仕方ないみたいだから、戻りますか」
言いながら街に向かって歩きだせば、ユーリがあからさまに深い溜息を吐くのが見える。
素直じゃないねえと思いながら見ていれば、漸くユーリも街に向かって歩き出した。
決戦は、もうすぐ。
END
2011/02/21up : 紅希