■滅びた街

話には聞いていた。
ザナルカンドは廃墟なのだと。
だが、こうして滅んだ街並みを目の当たりにすると、話に聞いていただけの時とは違う感情が浮かぶ。
何かの間違いだと思っていた。
己は確かに、ザナルカンドで生活をしていたし、だから既に滅んだ街なのだと聞いても何かの間違いか、同じ名前の違う街なのかと思っていたのだ。
だが、こうして目の当たりにして見ればわかる。
ここは、この滅びたザナルカンドは、確かにジェクトが居たザナルカンドなのだと。
何故ここスピラではザナルカンドが滅んでしまったのかは分からない。
ここが確かにジェクトが知っているザナルカンドならば――あの街はどうなってしまったのか。
どちらにしろ、帰れないと言う事だけは確かだ。
そんな覚悟は既に済ませてはあるが。
ザナルカンドに居る家族が、息子の事が気にならないと言えば嘘になる。
帰れるものならば、帰りたいと今も思う。
だが、ブラスカとアーロンとここまで旅をしてきて、ブラスカの覚悟を知ってしまった。
ブラスカは、スピラを救う為に命を掛けるのだと、分かってしまったから。
それを知っていて、覚悟をして同行しただろうアーロンが、葛藤している事も気付いている。
だからと言わけでもないが、ジェクトも覚悟をしたのだ。
帰れないだろう覚悟を。
そして、最期まで彼らと共に在ろうと思ったのだ。

ザナルカンドに着いて、ブラスカが休憩しようと言ったため、今は皆それぞれに休憩をしている。
ジェクトが居るのは、ガガゼトからザナルカンドへと入って直ぐの辺りで、そこからただじっと廃墟と化した街を見ている。
ガガゼトからザナルカンドを一望出来る場所があって、そこから見た光景に正直愕然とした。
建物の配置も、道がある場所も、ジェクトの知っているザナルカンドそのもので。
あのザナルカンドが滅んだら、きっとこうなるのだろうと簡単に想像出来る光景だったから。
ジェクトが居たザナルカンドが一体何なのかは分からない。
過去なのかそれとも別の何かなのか分からないが、ここと何の関係もないと言う事はないだろう。
ブラスカの覚悟を知り、アーロンの葛藤を知り、帰らない覚悟はしたけれど、それでもこんな風に”帰れない”のだと突き付けられるのはやはり辛かった。

辺りを見渡せば、少し離れた場所に、思い詰めた様子のアーロンが立っていて、その視線の先にはブラスカの姿がある。
ブラスカはもう、完全に覚悟を決めているのだろう。
穏やかな様子で、廃墟となっているザナルカンドを眺めていた。
旅を始めたばかりの頃は、この仲間二人をこんなにも大切に思うとは思っていなかった。
ジェクトの目的はザナルカンドへと帰る事で、その為に彼らに同行したに過ぎない。
けれど今は――帰る事を諦めてでも、最期まで彼らと共に、そう思う。
家族の事を忘れた訳じゃない。心配していない訳でもない。
それでも、どちらかしか選べないのならば今は――そう思う。
小さく息を吐きだして、ジェクトは思い詰めた様子で佇むアーロンの元へと向かう。
隣に立てば直ぐに気配に気付いたらしいアーロンが、ジェクトへと視線を向けた。

「本当に廃墟だったんだな、ザナルカンドは」
「……ああ」
「俺は多分――」

言い掛けてジェクトは口を噤む。
多分、帰れないとわざわざ告げる必要はないように思えた。

「……なんだ」
「何でもねえよ。それより、良いのかブラスカを独りにして」
「この距離なら、何かあれば直ぐに駆けつけられる」
「心配する必要もなかったってわけか」
「当たり前だ」

それきりアーロンは黙り込み、ジェクトもそれ以上言葉を紡ぐ事が出来ない。
アーロンの視線は相変わらずブラスカに注がれて居て、纏う空気は重苦しいものだった。
纏う空気が重いのは、きっとジェクトもそう変わらないだろう。
こんな光景を目の当たりにすれば、流石に普段通りではいられない。
そう言う点では、普段と変わらない空気を纏っているブラスカは、流石だと言えるだろう。

「ジェクト」

どのくらい沈黙が続いただろうか。
重苦しい空気に耐え切れなくなる前に、アーロンが言葉を紡ぐ。
視線は相変わらずブラスカに注がれたままで、ジェクトの方を見る事はなかったが。

「なんだ?」
「……帰れると、良いな」
「……ああ」

どちらもがそんな事思っていないのは分かっている。
アーロンもブラスカも、ジェクトの覚悟には気付いているだろう。
帰れないだろうと言う事も、恐らく分かっている。
それでもアーロンのその言葉は偽りのモノではない事もまた、分かっていた。
今は帰れなくても、帰る方法が分からなくても、いつか。
そう思っているのだろう。
だがジェクトは、もう二度とザナルカンドには帰れないだろうと思っていた。
この廃墟と化した街を見た瞬間、ほんの僅か残っていた希望も、完全に打ち砕かれた。
思いの他その事にショックを受けなかったのはきっと、この光景を見る前に覚悟をしていたからだろう。
この二人と共に在りたいと、思った。
叶わないと分かってはいるけれど、この旅が終わってもずっと共に――そう願う。

「帰る方法が見つかったら、俺様の家にお前を招待してやるよ」
「ああ、楽しみにしている」

そんな日が来ない事は互いに分かっている。
分かっていて口にするのは、僅かな希望をなくしたくはないからだ。
ジェクトが居たザナルカンドが何だったのかは分からない。
分からないが、この滅びた街と全く無関係ではない事だけは、確かだ。
何となく沈んだ気持ちを浮上させる為に、相変わらずジェクトの隣で、悲痛な表情でブラスカを眺めているアーロンの背を思いっきり叩く。
不意打ちだったせいかアーロンはよろめいて、ジェクトを睨みつけた。

「ジェクト」
「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ。……守るんだろ、最後まで」
「――ああ」
「ここの魔物は俺一人じゃ流石にキツイからな。ぼけっとしてんなよ」
「余計な世話だ」

言いながら、二人は少し先に居るブラスカの元へと歩き出す。
言い合いながら近付いてくる二人を見て、ブラスカが楽しげに笑ったのが見えた。
それは、いつも通りの光景。
この旅の間に何度も見た光景だった。

旅が始まった時から揺らぐ事がなかったのは、ブラスカただ一人だ。
相当の覚悟をして、旅立ったのだろう。
その覚悟が、今ならば分かる。
ジェクトもまた、二度と家族と会えない覚悟をしたのだから。
普段と変わらぬ、穏かな表情でアーロンとジェクトを見るブラスカの目には、今何が映っているのか。

もうすぐ旅は終わる。
旅の終着点であるこの場所に何があるのか、ジェクトには分からない。
究極召喚を得るのだとは聞いているが、それがどんなモノなのかなんて想像もつかなかった。
ただ分かるのは――シンを倒した後、三人共に在る事はないだろうと言う事だけだ。
だから今三人共に在れるこの時間を少しでも長く。
そう思うのは己だけではないのだろう。
ブラスカの元へと辿り着いても、アーロンは一言も言葉を発しない。
けれど、こんなところでずっと立ち止っている訳にはいかないのだ。
だから――言葉を、紡ぐ。

「ブラスカ。まだ休憩するのかよ」
「いや、もう良いよ。行こうか」
「だな、行くか」

その言葉で皆一歩踏み出す。
滅びた街の中を一歩一歩確実に、終わりへと向かって――。



END



2011/09/11up : 紅希