■故郷
書き上げたばかりの書類に目を通すこと、二度。
誤字脱字以上に修正予算の細かい数字に間違いが無いことを確認して、ようやくペンを置いた。
一刻も早く進められるべき国の復興を、書類の間違いごときで滞らせるわけにはいかない。
まして私の些細な不注意で……などということがあってはならない。
仮にも私は『星の眼』被害対策室長などという大層な肩書を与えられた身。
……何より私こそが、故郷であるレヴィオン王国に甚大な被害をもたらした張本人なのだから。
この国には今、王が居ない。
私が殺したからだ。―――王が妾に産ませた子、実の息子であるこの私が。
王は国を想い、我が友・雷迅卿アルベール率いる騎士団を重用した。
私は国を想い、国宝たる『星の零涙』と『天雷剣』の研究に没頭した。
同じ願いを持ちながら互いを顧みなかった私たちの関係は、最悪の形で瓦解した。
私は鬱積した心の闇に付け入られ星晶獣に心身を乗っ取られた挙げ句、王を手にかけたのだ。
そして、国をも滅ぼそうと『星の眼』による攻撃を仕掛けた。
空から放たれる雷撃でレヴィオン王国は崩壊した。
すべては操られてやってしまったこと。
『星の零涙』に封じられた星晶獣の声を聞き始めた当初ならば、その言い訳を許せただろう。
自分の意思とは関係ないのだと、私自身も信じていたのだから。
だが私はもう知っている。
王を、親友殿を、国を、この世から消し去りたい。
星晶獣に繰り返し囁かれた言葉は、確かに私の胸の中に存在した願いだった。
王を殺し、親友を裏切り、国を見る影もない姿に変えたのは、やはりこの私なのだ。
その罪人を復興のための対策室長として据えようと言うのだから、つくづく親友殿は甘い。
「……いや。むしろさすが“ビリビリおじさん”と言った方が良いのかもしれないな」
苦笑を含んだ息を吐きながら窓の外に目を遣る。
我が親友殿、アルベールは日課となっている街の見回りに出ている頃合いだ。
城内に設えた対策室長の執務室から見える景色にも、まだ瓦礫が残っている。
大体、本来は城壁に守られているはずの城の一室から遮る物なく街の様子が見える。
そのこと自体が、いかに復興が進んでいないかを物語っている。
それでもどうにか国の体裁を保っていられるのは、騎士団が法と治安を守っているからだ。
憎き父の作った、憎き騎士団が立派に機能し国を守っている。
同じように国を想っていたはずの私は何を為した?
比べればなおのこと、犯した罪の重さが背にのしかかる。
親友殿たちに救われた命の使い道を国の復興にと決めてはいるものの、道は果てが見えないほど長い。
とても元の居場所には戻れないと言って隠遁しようとした私を止めた我が親友殿は―――
振るう剣に宿した雷のようにビリビリと、私に罪を目にし続ける罰を与えたとも言えるのだろう。
「ユリウス、入るぞ。……って何が可笑しい?」
ちょうど顔を思い浮かべていた矢先、アルベールの声がかかった。
思わず噴き出した私を怪訝そうに見ながら近づいてくる。
その手には何故か、小さな花束が握られていた。
「いや。君とは長い付き合いだが、男友達に花を贈る趣味があるとは知らなかったものでね」
間近に立ち止まり差し出されたそれを思わず受け取ってから、軽口を返す。
人に贈るにはあまりにも地味な、野草に近い花。
取柄と言えば、荒天にも強く初心者が育てても枯れにくいことくらいだっただろうか。
教養のひとつとして目を通したことのある植物図鑑の知識を紐解いて考える。
―――親友殿が私にこの花を贈る意味は、少しも思いつかなかったが。
「俺にそんな趣味はない」
「そうかい? それは少し残念だね」
「残念、だと?」
「雷迅卿に花を贈る趣味があるなんて、どう転んでも面白いネタじゃないか」
クスクスと笑いながら言えば、アルベールは一瞬ムッとした顔を見せてから小さなため息をついた。
「それは俺からじゃない。見回り中にお前に渡してくれと頼まれたんだ」
「私に花を?……どこの物好きだい、その御仁は?」
「昔から市場に店を出していた花屋があるだろう。そこの店主からだ」
言われて思い出すのは、まなじりを下げて笑う好々爺。
通りすがりに挨拶と一言二言交わしたことがあったろうか。
花を愛でる趣味のなかった私にとっては、その程度の印象しかない相手だった。
聞けば、私の組んだ復興予算で店を建て直す目途がついた、だから最初に咲いた花は復興対策室長に贈るのだ、と。
たっての願いで託されたと言う。
「店が倒壊したのは他ならぬ私のせいだというのに……真実を知らないとは、幸せなことだな」
「ユリウス……」
つい、皮肉気な言葉が口をつく。
謝意を示すのならば私よりもアルベールの方が相応しいだろうに。
光ある場所はすべて、栄光ある雷迅卿と彼の率いる騎士団のものであればいい。
かつて感じていた親友殿への卑屈さと、今真実感じている誇らしさとが交錯する。
そんな私の表情をどう見たのか。
顔を曇らせたアルベールが、こちらを見据えて口を開いた。
「お前は罪を償うつもりでレヴィオン王国の復興に尽力しているんだろう」
「ああ、そうだよ。心配しなくてももう二度と国を……君を裏切ったりしないよ」
「そういうことを言いたいんじゃない」
真剣みを帯びたアルベールの言葉を軽口で流そうとすると、さらに強い調子で遮られた。
「お前にとっては罰でも、その行いに感謝している人たちが居る。その称賛を受け取っても良いくらい、お前は力を尽くしていると俺は思っている」
「……っ」
返す言葉が詰まって外に出なかった。
レヴィオン王国の騎士団長、雷迅卿アルベールの言葉はいつも眩しい。
時々、憎々しいほど私の闇を抉り出す親友殿の声は―――時々、私自身さえ在り処を知らない胸の奥の琴線を震わせる。
私一人ならば見逃してきただろう小さな花を、目の前に差し出して掴み取らせようとする。
今までそうで在ったように、この先も私の闇を照らす光であり続けるのだろう。
「アルベール、今度、城下の復興状況を見に行きたいんだが、一緒に来てくれるか?」
「ああ、俺はかまわんが」
「道中で良い、花屋に案内してくれないか。……店主殿に花束の礼を伝えなければならないからな」
END
2018/12/23up : 春宵