■幻影

痛みの森クエストをクリアした翌日。
学校から帰った亮は着替えを済ませると『The World』のログイン画面を開いた。

痛みの森は、同じような構造のダンジョンが延々100階層まで続くクエストだった。
進むにつれて敵が強くなっていくから、生半可なレベルのPCではクリアするのも難しい。
ただ、難易度が高ければ攻略し甲斐があるかと言えば、そういう訳でもなく。
あまりに単調すぎて30階層くらいまで到達する頃には大抵のプレイヤーが飽きてしまう。
まして、亮が痛みの森に挑むのはこれで二度目。
以前公開された時とは参加条件が違ったりしているが、ダンジョンはほとんど同じもので。
それをもう一度、100階層までやり直すのは、なかなかの苦行だった。

『痛みの森が終わったら、しばらくログインする気も起きないかもなw』

50階層以降はセーブポイントさえ無くて、休日に一気に終わらせるしかない。
完全に“作業”としてハセヲを走らせながら呟いた言葉も、半分以上本気だった。
それなのにクリアした翌日にそわそわとログインしようとしているのだから、一緒に攻略したメンバーに会ったら笑われるかもしれない。
誰にどんなことを言われそうか想像して、一瞬、入るのをためらう。
けれど、昨日、痛みの森の終盤で起こった出来事を思い出すとログインボタンを押さずにはいられなかった。

一度目と同じように最終階層まで辿り着いたのに報酬をゲットできずに終わった痛みの森で、二度目だけに追加の展開があった。
クエスト終盤、ハセヲ1人だけが飛ばされて行った空間で、訳の分からない“創造主”の問いに散々答えた挙げ句、『汝にその剣を授けること能わず』の判定をされた。
ここまでは一度目と同じ……問題はその後だ。

『お前の望みを1つだけかなえよう……』

“創造主”がそう言った後。
ハセヲの背後から足音がして、再誕の発動以降、オンラインでもリアルでも連絡の取れなかったオーヴァンが姿を現した。

―――本物か、それとも幻影か何かか。

昨日からずっと、『The World』から離れている間も、そのことばかり考えている。
実際に画面上で姿を見て声を聴いていた間も、思い返している今も。
あれがオーヴァンそのものだったのか、“創造主”の創り出したイベントの一部だったのか判別できない。
ただ、目の前に居るのに存在を確信できない不確かさこそが、いかにもオーヴァンらしい。
確かめようにも相変わらず本人とは連絡が取れないし、姿を見たという話も聞かない。
あれを見せた創造主ならば居所を知っているのかもしれないが、尋ねるにも創造主を見つける方法がまず分からない。

急かされるように『The World』に来てみたものの、結局、探す当ても思いつかない。
ただ闇雲にハセヲを歩かせているうちに辿り着いたマク・アヌの桟橋で歩くのを止めた。
いつも見ている目線には、プレイヤー同士のチャット表示が入り乱れている。
少し煩わしくなってカメラを上方向に切り換えると、常時夕暮れ時の空が目に映った。

「ちょっと立ち止まって綺麗な景色を楽しめ…なんて誰かに言われたなw」

実物じゃないと分かっているのに燃えるような空の色に思わず見入ってしまって、戸惑いを隠すように独り言を言ってみる。
夕暮れ時を黄昏時と言うのだと知ったのは、オーヴァンに出会って『黄昏の旅団』に入ることになったからだった。
『本当にあるかどうかも分からない『黄昏の鍵』をあるものだと仮定して、それを探す』
旅団の行動目的を決めたのはオーヴァンで、仲間たちはその設定に熱中した。
今はほとんどのメンバーと疎遠になってしまったけれど、楽しかった日々が胸をよぎる。
居るのか居ないのか分からないオーヴァンを追いかけるのは、『黄昏の鍵』を探すことにも似て、案外楽しいことかもしれないと思えてくる。

「……絶対、探し出す」

黄昏の空に向かって手を伸ばし、空を掴む。
きっとまた会える、と思えるのはそれが亮だけの願いじゃないと信じられるからだ。
耳の奥に蘇る昨日のオーヴァンの声と、瞼に蘇るオーヴァンの笑顔に背中を押されて、自分の道を一歩ずつ歩み出す。

『さぁ、歩みだせハセヲ』
『お前自身の道を、お前自身の意思で』
『いつか再び出会う、俺とお前のために』



END



2019/08/31up : 春宵