■片割れ

「花村。鳴上は?」

いつの頃からか、そう声を掛けられることが多くなった。
放課後だったり、休み時間だったり。休日にたまたま会った奴にそう聞かれることもあった。
声を掛けて来る相手は、同じ学年の奴だけじゃなく、先輩や後輩もいて。
躊躇いがちに声を掛けて来る女子生徒もいた。
女子生徒の中には、普通に鳴上に用事がある者も確かにいたが、大半はあいつに好意を寄せているんだと言う事は容易に分かった。
そしてまた今日も、知らない奴にそんな風に声を掛けられる。
だから思い切って聞いてみる事にした。

「なあ、なんで俺に聞くんだ?」
「だって、お前たちいつも一緒に居るから。片割れだろ?」
「……」
「で、鳴上は?」
「帰った。なんか用事があるとは言ってたが、用事の内容までは知らない」
「そうか。仕方ない、また明日にするか。ありがとな、花村」

そう言って去っていく男子生徒の背を見送って、陽介は溜息を吐き出す。
先程陽介に声を掛けて来た奴は、同学年の奴だ。
とは言え、どのクラスの者なのかまでは知らない。
陽介自身、ジュネスの店長の息子との事で有名ではあったが。
だからこそ、声を掛けて来る奴など殆ど居なかったのだ。
同じクラスの奴でさえも、遠巻きにしている者も居るのだから、クラスや学年が違えば尚更だ。

「で、あいつは誰なんだ? 鳴上に伝えたくても、名前も分からないんじゃ伝えようがない」

顔は分かっても、名前までは知らない。
どのクラスなのかも知らない。
せめてクラスが分かれば、伝える事も出来るだろうが、それさえも分からなければどうにもならない。
そんな事を思いながら、何となくイラついている自分に陽介は気付く。
いつもそうだ。
鳴上は? と聞かれるたびに何故なのか分からないが、何となくイラつく。
その理由が分からなくて、けれどこのまま放置する気にもなれなかった。
だから、あいつの家に行こうと陽介は思い、学校を後にする。
鳴上の家へと向かいながら、陽介は思う。
大体あいつは、顔が広すぎる、と。
色々頼まれた事を引き受けているうちにそうなったらしいが、稲羽の人達全員があいつを知っているんじゃないかと思うくらいだ。
ジュネスの息子という事で陽介を遠巻きにしている商店街の人達でさえ、「今日は鳴上君と一緒じゃないの?」なんて声を掛けて来る人がいるくらいだ。
まだまだ遠巻きにしている人が殆どだが、中にはそんな風に声を掛けて来る人もいる。
その事自体は嬉しいが、何となく面白くないのだ。
そう、面白くないのだ。
何が面白くないのかは分からない。
鳴上は? と聞かれる事自体なのか、それとも別の何かなのか。
陽介が鳴上と一緒にいる事が多いのは事実だ。
相棒だし、と思う。
一緒にテレビの中に入れられた人達を助けているからというのもあるが、それ以前に一緒にいて楽なのだ。
周りの噂に惑わされることなく、陽介を見て判断してくれる。
それは決して、陽介だけに対してのものではないが、それでも、ジュネスの息子という風にしか見てくれない人が多かったこの街で、救われた気分になったのだ。
誰に対してもそうだから、あいつの周りには自然と人が集まってくる。
それは分かるし仕方がないとも思うが、やっぱり面白くないのだ。
あいつのようになれたら、そんな風な憧れの思いは確かにある。
だが、そうなれないから面白くない、という訳じゃない。
それだけは、確かだ。
そうじゃなくて、むしろ、皆に向けられるそれらを、俺だけに――。

「陽介?」

聞えてきた声に、纏まりかけた思考が霧散する。
声のした方へと視線を向ければ、そこには鳴上がいた。

「お前、何してんの?」
「それは、こっちの台詞だ。何してるんだ? 人の家の前で」
「お前に話があって来たんだ。用事は終わったのか?」
「ああ」

それだけ言って鳴上は、陽介を家の中へと促す。
促されるままに陽介は鳴上の部屋へと向かった。

「で? 何があったんだ?」
「は?」
「いや、陽介機嫌悪いからな。それで話があると言えば、何かあったんだろうと思ったんだが、違うのか?」
「違わない、けど」
「……けど?」

聞き返す鳴上を睨むように見て、陽介は溜息を吐き出す。
こういう奴だってのは分かってはいたが、何もかも見透かされているようで、それもまた面白くない。
俺だって、俺だけを――。
浮かぶのはそんな感情で、自分でも勝手な思いだというのは分かっている。
分かっていても、どうにもならないのだ。
だからもう諦めて、全部吐き出してしまおうと思う。
隠し通すのは無理だろうし、鳴上もそう簡単に陽介を解放する気はないだろう。
そのくらいの事は、分かるから。

このところ、鳴上は? と聞かれることが多くなったこと。
一緒に居る事が多いのも確かだし、片割れだと言われれば、その通りだなとも思う。
けれど、鳴上にとっての陽介はどうなのか。
陽介が鳴上の片割れだと思われているように、鳴上も陽介の片割れだと思われているのか。
陽介の相棒は、やたらと顔が広くて、誰に対しても同じように接する。
陽介もそんな中の一人でしかないのかもしれないと、そんな不安が常にあるのだ。
陽介にとって鳴上が特別であるように、鳴上にとって陽介が特別であればいい。
けれど、そんな自信は陽介にはないのだ。
対等な位置に立てているとはとても思えない。
常に前を走る鳴上の背を、追い掛けているのだから。
傍から見てもきっと、そうなんだろう。
だから、陽介ばかりが「鳴上は?」と聞かれるんじゃないか、と。
思いつくままに話して、陽介はやっと自分の中にある感情を理解する。
それと同時に、自己嫌悪に陥った。
深い溜息を吐き出そうとした途端、心底呆れたと言わんばかりの深い溜息が聞こえてくる。

「え? なんでそこでお前が溜息吐くの? なんか俺、呆れられてる?」
「当たり前だ。何でお前はそうなんだ。自己評価が低すぎる」
「は?」
「俺も、花村は? と聞かれる事は良くある」
「そう、なの?」
「当たり前だろ」
「いや、何で当たり前なのか分かんないんだけど」

そう言えば、憐れむような視線を向けられる。
いや、だから、何でそんな目で見られなきゃならないんだよ。
そんな陽介の思いが分かったのか、仕方なさそうに鳴上は口を開く。

「陽介が俺の片割れだと思われてるなら、俺も陽介の片割れだと思われてるに決まってるだろ」
「……は?」
「……」

無言で頷き、鳴上は肯定する。
そうして再び、心底呆れたと言わんばかりの深い溜息を吐き出した。

「相棒だと言ったのはお前だろ」
「……お前、怒ってる?」
「……」

その問いに答えは返らなかったが、かなり鋭い視線を向けられて――それが答えだと分かった。
ああでもそうか。
鳴上がこんな態度を取る相手は、俺だけ、だよな。
そうか、俺は鳴上にとって特別だったんだな。
俺にとって鳴上が特別なように――。

取り敢えず今は、機嫌を損ねてしまった相棒をどうやって宥めるか。
結構大変なんだよなと思いながらも、嬉しくて笑ってしまう。
それを見た鳴上の機嫌が更に悪くなるのを見て、ここに来る前に感じていたものは全部吹っ飛ぶ。
代わりに、かなり機嫌の悪くなった鳴上を宥めるのに苦労しそうだが、こんなこいつを見られるのは俺だけだから。
これからはきっと、「片割れ」と言われてもイラつくこともなくなるだろう。
そんな事を思いながら、完全に機嫌を損ねてしまった鳴上に話し掛ける。
笑いそうになるのを、堪えながら。



END



2013/11/13up : 紅希