■あなたに見えますか?
むかーし、むかし。
世界に名だたる大発明家が言ったそうです。
『天才とは、1%のひらめきと99%の努力である』と。
いやー、やっぱり頭の良い人間というのは違いますよね。
真っ当に育った普通の人たちは、努力だけが唯一、天才に勝る美点だと教わるんです。
彼の言った言葉は、それをバッサリと切り捨てた名言でしょう?
天才的なひらめきが無ければ、いくら努力しても意味が無い。
つまり、凡人は頑張るだけ無駄だと言い切った訳ですから。
なかなか出来る事じゃありませんよ。
その『空気を読まない感』まで含めて、さすが天才ってところですかね。
ああ、これはボクの経験則だから、どの個人にも当てはまるとは言えませんけど。
―――少なくとももう一人、そんな“天才”を知ってるんですよね。
理不尽な悲劇は、ひとつも在っちゃいけない。
哀しい出来事は、ひとつも起きちゃいけない。
避けられない悲劇が最初から設定されているとしたら、そんな世界が間違っている。
その一心で、世界の在り方さえ変えてしまった天才少年は、本気で信じてるんですよ。
予測できない運命なんて起こり得ないようにレールを引いておけば、誰も哀しむ事はない。
そこに生きる人たちは絶対に不幸な目に遭わない。
だから誰もが幸せに違いない、と理想の世界を作るのに必死になってる。
理不尽な悲劇で眠ったまま過ごしているお姫様も、その理想の世界に呼び込もうとしている。
皆が幸せになる事を夢見た天才少年自身が、そんな世界を作る事で幸せになりたいと願っている。
まったく、勝手なもんですよね。
凡人は、天才の手のひらで作られた人生を送ってれば幸せにしてもらえる。
昔の大発明家と同じく、上から目線の空気を読まない幸福論じゃないですか。
あなたに見えますか?
皆が幸せになるはずの世界で生きる普通の人たちの表情(かお)が。
家族から友達から引き離されて独り、訳のわからない未来に連れて来られる彼女の心が。
………まぁ、ボクにはどうでも良いことですけどね。
この世界がどうなろうと。誰がどんな形で踏みにじられようと。
ボクはただ、天才の手でしか為せない事があるのなら見てみたいだけなんです。
出来るなら自分でやっても良かったんですけど、彼に代わってもらうしかない。
1%のひらめきが得られない凡人は、天才が生み出すモノを小手先で使うしか出来ないんです。
「だいたい、ボクは結構、空気読めちゃうんですよねー。天才の枠から外れて当然って言うか」
「はぁ? どの口だ、空気が読めるとかほざいてんのは」
ポツリと落とした言葉に、即座にパペット型AIのカエルくんが反応を返す。
『ボクは天才じゃなかったから彼女を、彼を救えなかった』
自己嫌悪に嵌りそうだった気分がそれで一気に醒めてしまった。
親友をベースに創り出した効果がこんな風に発揮されると、複雑な気分になるんですけど。
「カエルくんに言われたくないですよ、空気読まないのは君じゃないですか」
「てめーコラ、ケンカ売ってんのか!」
「いえいえ、褒めてるんですけどね、これでも。……感謝してるって言うか」
「げ。気色悪い。てゆーか、何企んでやがる」
企むなんて人聞き悪い―――そう切り返そうとした時、カエルくんの声にノイズが入った。
AIとしてだけでも高性能なカエルくんには、通信機能も内蔵されている。
それも時間軸さえ超えて話せる規格外の性能の、だ。
「ルーク、起きてるかい?」
「えっ?……あー、はいはい、起きてますよー」
聞こえて来る声の主は、現在、過去に渡り小学校教師などをやっている上司、キング。
“こちら”と連絡を取れるタイミングは限られているから、唐突になるのは分かっていても。
カエルくんが突然、キングの声で喋り出すかと思うと心臓に悪い。
それも『何を企んでる』なんて会話をしていた瞬間だったりすればなおさらだ。
(………あんなことやこんなことを話してる最中だったらマズかったですねー。)
内心、反省しながら聞かれるまま“こちら”の近況を報告する。
「じゃ、その件はよろしく頼むよ。必要ならミニッツを動かしても構わない。」
「了解ですー」
相変わらず合理的と言うか、理路整然と言うか。
この場にいて見ていた訳ではないのに、キングはテキパキと的確に指示を出して行く。
(おやおや、これは意外とマトモですねー。)
思わず生温かい目で、キングの声で喋るカエルくんを見つめた。
表情のないはずのパペットに、優しく微笑むキングの顔が重なる。
―――いつもと変わらない。
そう、彼の表情はいつも変わらないのだ。
哀しい時も、責める時も、怒るべき時も、いつも優しく微笑んでいる。
何年も研究し続けてようやく願いが叶いそうな時でも、どうやらそれは変わらないらしかった。
“こちら”では動く姿を見ることも言葉を交わすことも出来ないキングの想い人、九楼撫子。
厳密に言えば本人ではないけれど、彼女が“向こう”では普通に生きて暮らしている訳で。
キングという役職なんかどうでも良いくらい、その喜びに浸ってるかと思っていたけど。
というか、それくらいには壊れてもらいたくて、いろいろ手を打ったんだけど。
まだまだ幸せが…もしくは不幸が、足りないのかもしれない。
次に打つ手を考え始めようとした時、キングが言葉を繋いだ。
「他に報告すべき事はある?」
「ボクからは無いですかねー。ビショップはいろいろ言いたいみたいですけど」
「ビショップが? 転送準備に不具合でもあったかい?」
「あー、そうじゃないんですが」
「………彼女に、何かあったんじゃないよね?」
今までの業務連絡口調とは違う、少し緊張したような声。
何かあったと言ったら、きっと時間さえ飛び越えて帰って来るんだろう。
相変わらずなのは、キングとしての態度よりもむしろ彼女への執着の方でしたか。
真剣に彼女を心配する一途な天才少年に聞こえないように苦笑と嘲笑を漏らす。
本当に世界は理不尽に出来ていますよ。
彼、海棠鷹斗という人はきっと歴史的に見ても稀に見る天才で。
その才能があればどんな偉業でも為し得たかもしれない。
なのに彼がその力を使うのは、ただ一人の人間の為で。
他の誰にとっても世界にとっても役に立たない。
―――それじゃ、困っちゃうんですよねぇ。
頭の中で黒く呟いて、改めて次に打つ手を考え始める。
天才のひらめきに不幸が足りないと言うなら、もう一度、味わってもらうのも良いかもしれない。
手の届かない場所で、そうならないように作ったはずの理想の世界で、彼女が理不尽な悲劇に見舞われる哀しみを。
そのためには、まず彼の望む幸せを見せる必要があるだろう。
直前の幸福度が高ければ高いほど、突然見舞われる不幸の効果も高いのだから。
「ルーク、彼女は……」
「いえいえ、彼女に問題はありません。良くも悪くも変わりありませんよ」
「………そう」
心底、安心したように息を吐くキングにそっと囁く。
力づけるように、励ますように。
「多少の遅れは見られるようですが転送準備も順調です。……もうすぐですね」
「うん、もうすぐ……ようやく、彼女に会える」
「あと少しの辛抱ですよ。頑張って下さいねー。」
分かってると、いつもの感情の無い優しい声色で言ってキングの通信は途切れた。
せいぜいボクの手の上で踊ってくれるように、頑張りに期待してますよ。
凡人の人生を手のひらの上で動かす天才も、所詮、ボクの手のひらの上に居るんですから。
ここに居ないのを良い事に、通信相手に向かってペロリと舌を出す。
直後、AIモードに切り替わったカエルくんが本気で嫌そうに呟いた。
「お前、ホント悪いヤツだなー」
END
2012/06/02up : 春宵