■秒読み
「いよいよあと1分ほどで新年の幕開けとなります!」
テレビでは年末恒例のカウントダウンが始まった。
―――ああ、年末ってこういうもんだったよな。
妙に懐かしく思うのは、去年のんびりした気分にはなれない年末を過ごしたせいかもしれない。
まあ、今年はまったり過ごしているとは言っても、ここはヒトサマの家のリビングなのだが。
「菜々子ちゃん、結局寝ちまったな」
こたつで寝落ちした菜々子ちゃんを寝室に運んで戻ってきた悠に向かって声をかける。
菜々子ちゃんは、お兄ちゃんたちと一緒に新年まで起きてると目を擦りながら頑張っていたが、30分ほど前に力尽きた。
カウントダウン直前に起こすことも考えたが、風邪をひかせてはいけないというお兄ちゃんジャッジで寝かせることになった。
「普段の寝る時間を考えたら、かなり粘った方だろ」
久しぶりに皆に会えてはしゃいでたからな、とお兄ちゃん顔で笑いながら悠が言う。
離れて暮らすようになってもお兄ちゃん属性なのは変わりないらしい。
『年末、堂島さんの家で年を越すことになりそうだ』
悠がそう連絡をしてきたのは、冬休みに入る直前のことだった。
堂島さんが年越しの特別警戒で家を空けるから、菜々子ちゃんと一緒に居てくれないかと声がかかったそうだ。
『受験まで2週間くらいなのに、こっち来てて大丈夫なのか?』
―――一応、気遣ってみたりもしたのだが。
『受験まで2週間くらいだからこそ、行った方が良いだろ』
『なんで?』
『解けなくて眠れないような過去問があったら、教える』
『マジで?! すげー助かる!……って、自分は余裕っすか』
『さすが』と苦笑しながらも、一緒に受験勉強する約束までされてしまった。
夏休み以来、数ヶ月ぶりに悠が帰って来るのだから、当然会いたいって言うヤツが何人もいて。
2時間ほど前まで、堂島家では特捜隊のメンバーが集まって年越しパーティーが開かれていた。
疎遠になったというほどでもないが、悠が転校して行った後、特捜隊で集まるようなこともあまり無くて。
その分、今日の皆のテンションは、去年できなかった分までパーティーを楽しんでやる勢いだったけど。
中でも一番楽しんでいたのは、実は菜々子ちゃんだったような気がする。
「お兄ちゃんと愉快な仲間たちが騒いだから、菜々子ちゃんも疲れたんだろうな」
「皆で年越しできて嬉しかったんだろ。大晦日は1人で過ごさなきゃいけないと思ってただろうし」
堂島さんが夜勤で居ないことなんて、菜々子ちゃんには日常的なことだ。
だけど、年末年始くらいは。
その中の1日くらいは、友達に話せるくらい楽しい日があっても良い。
大晦日は遅くまで、元日は朝早くから仕事に行ってしまう親だった自分を顧みてそう思ってしまう。
本当なら、他のメンバーと一緒に家に帰るつもりだったのだが。
お兄ちゃんたちと一緒にカウントダウンまで起きていたいと言う菜々子ちゃんのおねだりを聞いてあげたくなったのも、そのせいだ。
1年前、生死の境を彷徨うことになった菜々子ちゃんを心配していたことを思えば―――どんだけ平和な願いだよ、とも思うけれど。
「さあ、いよいよ年が明けるまで10秒、9、8、……」
年末年始なんて、"どうせ"いつもと同じだろう。
そんな風に思えることが、特別価値のあることだなんて考えたことも無かったけれど。
年明けまでの秒読みが今年はこの上なく嬉しい。
それを"相棒"と、生きて、真夜中のテレビ番組に恐怖を感じることもなく、こたつに入ってまったりと聞けることも。
「3、2、1……ハッピーニューイヤー!!!」
「……というわけで、俺たちも。あけましておめでとうございます……っと」
「ああ。今年もよろしくな」
また一緒に―――というわけには行かないだろうが、来年も、再来年も、生きて『あけましておめでとう』くらいは伝え合っていたい。
相棒と交わす笑顔に、新年最初の願いを込めた。
END
2021/12/20up : 春宵