■お邪魔虫

勢いで走って帰って来た部屋で、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。
大声で歌でも歌ってモヤモヤする気持ちを発散させたいところだけど、腹に力が入らない。
それにこんな気分の時に「ウルサイ」と家族に怒鳴り込まれたら堪らない。
枕に顔を埋めて、閉じた瞼に浮かぶのはアイツの家の前で鉢合わせた時のアイツと志波の驚いた顔だ。

そう言えば最近アイツとあんまり話してなかったなって急に気がついて。
ほんのちょっとでも話さなきゃいけない気になってきて、会いに行く理由を探した。
明日数学で当てられる順番だから解き方を教えてくれないか。
日が暮れてから訪ねても断られなさそうな用事を見つけた途端、家から飛び出した。
『思い立ったらすぐ行動』ってのは長所だと思ってるけど、後先考えないと怒られることもよくある。
今日はその悪い方が出た感じだった。

「……アイツら……2人で出かけてたんだろうな……」

学校帰りなら、志波が暗い夜道を心配してアイツを家まで送ったのかもしれないと納得できた。
志波は見た感じが怖いから誤解されやすいけど、実はかなり良いヤツだ。
アイツを心配して送ってやるくらいのことは、本当に何の気なしにやるだろうと思う。

けど、今日は休日だし、どこかでバッタリ会っただけって雰囲気でもなかった。
チラッとしか見なかったはずなのに、オレと出かける時とはテイストの違うアイツの私服が思い浮かぶ。
志波はいつも通りの私服だったから、友達と出かけたくらいにしか思ってないかもしれないが。
アイツの方は気合を入れてオシャレして来たんじゃないか。
そう勘繰ってしまうくらい可愛く見えたのは、オレにとって見慣れない格好だったからか?

「……アイツは志波が好きなのか……?」

言葉にしてしまうと、ズンと胸が重くなった。
志波とは"ニガコク"でよく一緒に行動するし、ライブをやれば必ず見に来てくれる。
オレがアイツを"ハリーのファン"だと認定してからは3人でつるむことも多かった。
けど、それはあくまでも"ハリーのファン"と"ハリーのダチ"が同じ場所にいるだけのことで。
アイツが志波を想ってるなんて、考えたこともなかった。
……て言うか、それより何より……

「こんなに落ち込むくらい、アイツのことが好きだったなんて」

呟いて、気づくのが遅すぎた自分にため息をついた。
アイツと居ると楽しくて、アイツのいない学校はつまんなくて。
アイツが居ればいつも緊張するライブで上手く歌えて。
だから傍に居させてやってるくらいの想いだったのに。

志波のことだって、良いヤツだから、一緒にいて面白いから、つるんでるんだって。
オレが中心に居るから、3人で過ごす時間がもっと楽しいんだって。
本気でそう思っていたのに、少なくともアイツにとってオレの方が"お邪魔虫"だったかもしれないなんて。

「ハ……ハハ……」

もう力なく笑うしかない。
思い込みで突っ走って告白して思いっきり失恋するってのは、今まで何回もあったことだけど。
失恋してから好きだと気づいたのは、今回が初めてだ。
失恋を歌った曲はたくさん知ってるけど、こんな気持ちを曲に籠める気にはとてもなれない。

「……明日からどんな顔でアイツらに会えばいいんだ……」

頭の中でどうシミュレーションしても、ぎこちなくなりそうな気しかしない。
アイツも志波も、嫌いになれないくらい良いヤツなのがまた厄介だ。
オレがどう頑張っても追い越せないくらい志波のことが好きだって言うなら……
背中を押したり、一緒に好きになってもらう方法を考えたりするくらいしか、立ち位置がない。

唸っていても攻略法が見つかりそうもないのを確認して、諦めて反動をつけて起き上がった。
机に向かって明日当たる数学ではなくニガコク用のノートを開く。
そして、日付の後に新しいテーマを大きく書きつけた。

―――明日からオレの克服するべき苦手なものは、こんなにも好きなアイツだ。



END



2021/07/21up : 春宵