■制服

渋谷のセントラル街に、良く知った青い扉を見つけたのは偶然だった。
扉の上に座っている見慣れた青い服を見つつ、扉の前に立つ。
だがやはり、それが開かれることはなかった。
途端に、近づいてくる足音が聞こえて、鳴上は慌てて建物の影へと隠れる。
一人の学生が青い扉の前に立ち、扉の上に乗っていた青い服の人物に背中を蹴り飛ばされ、扉の中へと入っていった。
二人の姿が見えなくなったのを確認して、鳴上は建物の影から出る。
あの制服、最近どこかで見たような……と考えて思い当たる。
テレビで見たのだ。
秀尽学園。体育教師の不祥事があった学校だ。
その秀尽学園の生徒がベルベットルームへと入って行った。
無関係とは思えない。
そしてもう一つ。
最近噂になりつつある「怪盗団」。
恐らく”彼が”そうなんだろう。
心を盗む、なんて言われてもいるが、仕組みは分からないが、理解出来ないこともない。
鳴上が高校の時起きた事件によってテレビの中に入ったが、あれも人の心の中の世界だと言う。
そこで仲間達は自らの内にある自分と向き合い受け入れたのだから。
ああいった世界があるのだろう。
そしてそこで、心を盗むことで、あの体育教師のように自ら罪を認める。
秀尽学園の体育教師以外にも、同じようなことがあった気がすると思いながら、鳴上はその場を後にする。
いつまでもここに居ては、彼に見つかってしまうから。
普通の人にはあの青い扉は見えないから問題ないが、鳴上には未だに見えてしまうから。
見えているのに見えないふりをするのは簡単じゃない。
どうしても、多少反応してしまうのだ。
今自分があの部屋の客人じゃないことは理解しつつ――それでも、どうしても気になる。
ちょうど明日は土曜日で、幸い鳴上の職場は土日休みなのだ。
土日を使って稲羽へと行こうかと思う。
何となくだが、稲羽にベルベットルームがある気がして――きっとそこからなら中に入れるだろう。
ちょうどそろそろ一度帰りたいと思っていたからちょうどいいと思いつつ、家へと向かった。

鳴上が渋谷セントラル街に居たのは、りせに呼び出されたからだった。
仕事が終わり家に戻ろうと思っていたところに連絡が来て、何かあったのかと思って指定された場所へと来てみれば、「会いたかったから」と言われたのだ。
本当にりせは相変わらずだと思う。
振り回されているのが分かっても、何故か憎めなかった。
稲羽へと行くのなら、陽介も――と思ったがやめておく。
何故突然稲羽へと行く気になったのか説明は難しいし、向こうへ行っても一緒に過ごせる時間がどのくらいあるのかも分からないのだ。

ベルベットルームに行ってみなければ、直ぐに終わるのか時間がかかるのかも分からない。
そもそも本当にベルベットルームがあるのかも分からないし、あったとして入れるのかも分からないのだから。
入れたとして、今何が起こっているのか知ることが出来るのかも分からない。
何が起こっているのか知ったとして――自分は一体どうするのかも、今は分からなかった。
ただ何となく、関わらずに過ごすことは出来ないだろうとは思って居た。
とにかく、何も分からない今の状況で、陽介を連れていく訳にもいかない。
稲羽へ一人で行ったと知られれば後で何か言われるだろうが、それも仕方がない。
もし、今起こっていることに自分が関わることになった場合、出来る事ならば巻き込みたくはない。
自分はもう仕方がないと諦めている。
闘い続ける運命なのだと言われているのだから。
けれど仲間達は、陽介は違う。
仲間と、陽介と、何度となく闘ってきた。
これが自分の、仲間達の闘いならば彼らと共に闘う。
だが、今回は自分の闘いでも仲間の闘いでもない。
自分も仲間も関わらなければ関わらずにいられる。
自分達の闘いではないのだから。
そんなところに大切な仲間を巻き込むことなど出来るはずもない。
だがそれでも、どうしても、気になるのだ。
無視することは出来そうにない。
何故自ら闘いに行くのかと思うが、仕方がない。
あの青い扉を見なければ、そこに入って行く制服の彼を見なければ、関わらずにやりすごしただろう。
「怪盗団」の噂を聞いて気にはなっても、関わろうとは思わなかったと思う。
だが、見てしまったのだ。
ならば仕方がない。
稲羽に行ってベルベットルームがなければ、それでいい。
あったとしても入れなければそれでいい。
だがもし中に入れてしまったら――事件のあらましを知ってしまったら。
関わらずには居られないだろうから。

そうしてやってきた稲羽。
思った通りに、あの頃あった場所にベルベットルームはあった。
その前に立てば、当たり前のように開かれる扉。
中に入ればあの頃のままにそこにはマーガレットがいた。
だが、イゴールの姿が見えない。

「ようこそベルベットルームへ」
「……俺の役目は」
「物分かりがいいというべきなんでしょうね。まあいいわ。貴方の役目はただ一つ。今の客人がもし失敗した時の為の保険」
「……」
「ラヴェンツァの客人が失敗したら、貴方に主を救って欲しいのです」
「イゴールを救う?」
「そう、主は今、悪神に囚われています。悪神から主を解放して欲しいのです」
「……」

また、神なのかと思う。
恐らくはまた神は人間の願いを叶えるだけだとか言うのだろう。
たとえ願いが真実だとしても、そんな方法で叶えて欲しいなどと思っていない。
まして鳴上達は、そんな願いさえ抱いていなかったのだから。
彼もそうなのだろうか。
どちらにしろ、関わることは決定されているようだと鳴上は思う。

「貴方は私の客人ですが、今起きていることに関わりはない。だから主は新しい客人の元にいるのですが――主は囚われ、ラヴェンツァも……。客人が主を解放出来るのならそれでいい。けれど万が一失敗したらその時は、お願いします」
「怪盗団をサポートすればいいのか、彼らとは別行動した方がいいのか」
「それはどちらでも、貴方に任せます。貴方がいいと思う方で」
「そうか、なら怪盗団をサポートする方を選ぶ」
「自ら関わる、と。やはり貴方は――」
「闘い続ける運命なんだろう? だが、放っておけないのだから仕方がない。まあ出来る限り、にはなるが」
「そう言うだろうと思ってあの世界に入るために必要なアプリを用意しておきました」

使い方は彼らに聞けという。
だが、社会人になった自分が高校生の彼らにどう接触しろと言うのか。
高校の制服を着て――いやまて、それはまずいだろうと一瞬浮かんだ考えを振り払う。
取り敢えず、ここに来たのは自分の意思だ。関わると決めたのも。
ならばどうにかするしかない。

「ペルソナは以前と同じように使えるのか?」
「ええ、貴方のワイルドの特性は失われていませんから」
「分かった。あと、向こうのベルベットルームには入れないんだな?」
「はい。ですが、ペルソナ合体など出来ないと不便でしょう。貴方の部屋のテレビから、こちらのベルベットルームに入れるように繋いでおきます。次からは貴方の部屋のテレビからこちらへ」
「ああ、助かる。……また、テレビに入るのか」

部屋のテレビが大きくて良かったと思う。
稲羽の部屋にあったテレビは小さくて、入れなかったから。
だから大きいテレビを買った訳ではないが、まあ、なんとなく。
向こうに戻ったら一度テレビに入って確かめて見ようと思っていた。

そうして実際に、自室に戻ってテレビに入ってみれば、ベルベットルームへとちゃんと繋がっていた。
さてそれではどうしようかと思う。
彼らとどうやって接触するかは中々難しい。
仕事もあるから尚更だ。
だから、彼らを見つけたのは本当に偶然だった。
仕事が終わり、用事を済ませ渋谷の街を駅へと向かって歩く。
すると、制服の男女が集まっているのを見かけ、その中に彼の姿を見つけた。
彼と同じ制服が彼を含めて4人、そして他校の制服が一人の計5人。
5人――コミュの数から考えるとまだ仲間が少ないように思うから恐らくまだ仲間は増えるのだろう。
どうやって彼らと接触するかと思いながら、さりげなく彼らに近づく。
何故なのか彼らと自分以外にこの場所には人気がなかった。
と思った途端、視界が歪み――次の瞬間、銀行と思わしき建物の中に立っていた。
少し離れた場所には彼らがいる。

「――え?」

思わず上げてしまった声に、彼らがこちらを向く。
驚き目を見開き、彼らは鳴上に近づいてきた。

もしかして巻き込んでしまったのかと口々に言う彼らに、どう答えたものかと思案する。
ふと下へと視線を落として、そこに仮面をつけた猫らしき存在を見つけ思わず言葉を発した。

「喋る猫?」

と言えば、その喋る猫らしき存在は、猫じゃないと喚く。
先程から黙っていた彼が、じっと鳴上を見て、言葉を紡いだ。

「あまり驚いてないように見えますが」
「ああ、うん。何というか、不思議な生物には耐性があるから」
「モルガナの事じゃなくて、この世界の事です」
「あー、それは……」

どう説明したらいいのかと思う。
恐らくは今鳴上がいるこの場所が、あの頃のテレビの中の世界のようなところなんだろう。
そういえば彼ら皆、先程の制服とは違う服装になっている。
しかも皆、仮面をつけていて――怪盗団と言われていることに納得する。
そんなことを思っている間に、彼らの背後にシャドウらしきものが現れる。
鳴上へと不審気な目を向けている彼らはその存在に気づいていない。
今にも彼らに襲い掛かりそうなそれを放っておくわけにもいかず、鳴上は「イザナギ」と言い、懐かしい存在を呼び出す。
あの頃と変わらない姿で、イザナギはそこに現れた。
懐かしいと思うが感傷に浸っている暇はない。
驚き目を見開く彼らを横目に、シャドウに攻撃した。
現れた数体のうちほとんどを倒すことが出来たが、一体だけ残ってしまう。
倒してしまおうと刀を手にしようとして、それがないことに気づく。
ならば、と思った途端、残った一体のシャドウが話しかけてきた。
命乞いをし、自分も連れて行って欲しいと懇願するシャドウに、仕方がないと頷けば、それは鳴上のペルソナになる。
ああ、ここではこうやってペルソナを入手するのかと思っていた。
シャドウが居なくなって、小さく息を吐き出す。

「お前、こいつと同じ能力持ってるのか!?」

下の方から聞こえて来た声に目を向ける。
先程彼に「モルガナ」と言われた猫は彼を指さしていた。
同じ能力――恐らくワイルドの事だろう――は確かに持っている。
持っているが、さてどう説明しようかと思っていると、仲間になって欲しいと何故か勧誘されていた。
どうやらモルガナには何か目的があるらしい。
その目的の為に、必要だと思われたようだ。

「仲間になるのは構わないんだが、君たち学生だろう?」

無言で彼らは頷く。

「学生の君たちの中に社会人の俺が混ざっていいものなのか……」

そう呟き悩んでいると、微かに笑う声が聞こえてくる。
ツインテールの女の子が何故なのか楽しそうに笑っていた。
何かおかしなことを言っただろうか思って見れば、彼女はしばらく笑った後言葉を紡いだ。

「学生だって、子供だって見下されるのかと思っていたので、何ていうか、違って吃驚したというか、あの……変わってるって言われませんか?」
「おい、杏!」

咎めるように彼が言う。
彼女は杏というのかと思いながら鳴上は言葉を紡いだ。

「最近は言われないが、まあ、昔は言われた、かな」
「私たちの周りって、私たちを見下して勝手なことばかりする大人たちが多かったから、なんか新鮮だったので」

すみません、と杏は頭を下げる。
結局この日は、この銀行と思わしきダンジョンを攻略するのを止め、現実の世界へと戻ることとなる。
そうして、鳴上を仲間にするかどうかの判断は、彼に委ねられた。

鳴上はファミレスの一角に彼と共にいた。
いや、正確には彼と猫一匹と共に、だろう。
彼が持っているバックの中にいる黒猫が、先程の銀行のような場所で見た二本足で立つ喋る猫、モルガナだ。
現実世界ではどこからどう見ても黒猫でしかないが、何故か普通に喋っている。
彼の話では、モルガナの言葉は、あの世界で喋るモルガナを見ていないと聞こえないらしい。
取り敢えず、あまり遅くなる訳にはいかないだろうと思う。
彼は制服姿なのだから。
制服姿の学生を遅くまで連れまわすのは流石にまずい。
なので、出来るだけ簡潔に話を終わらせる必要があった。

「取り敢えず、自己紹介しようか。俺は、鳴上悠」
「来栖暁です」
「君たちさえ良ければ、仲間というかまあ、君たちをサポートするのは構わない」
「鳴上さんは何故ペルソナを使えるんですか? あの世界に以前に入ったことは……」
「ない。今日君たちと共に行った世界がどういったものなのかは、正直分からない」
「あの世界の事はまた説明します。……それより貴方の能力について知りたい」
「君と同じワイルドの能力者。以前のベルベットルームの客人、と言えば分かるかな?」
「ベルベットルームの客人? ベルベットルームは分かりますが、客人って?」
「……君はイゴールの客人だろう?」
「そんなこと言われた事はないですが……」

どうなってるんだ? と鳴上は思う。
イゴールの事は知っているようだが、どうも鳴上の知っているベルベットルームとは様子が違う。
どういう事だと思った途端「イゴールが囚われている」と言うマーガレットの言葉を思い出した。
だが、囚われているはずのイゴールを来栖は知っているという。
マーガレットが嘘を吐くとも思えないし、来栖は客人だと言われたことがないと言う。
そこから考えられるのは――イゴールが偽物だと言う事だ。
とは言え、今のベルベットルームの客人ではない鳴上に、それを調べる方法はない。
憶測の域を出ない事柄を、告げる訳にはいかなかった。

「まあ、以前のベルベットルームの利用者だと思ってもらえればいい。それで、俺はどうすればいい?」
「怪盗団になれとは流石に言い難いです。……それでも、手を貸してもらえるなら心強い」
「分かった。どの程度力になれるかは分からないが、サポートしよう」
「ありがとうございます。鳴上さんは武器は何がいいですか?」
「刀なら扱える」
「分かりました。用意しておきます」
「あ、いや、学生の君に用意させるのは……どうかと思うんだが」
「リーダーである俺の役目ですから」
「……分かった、なら、頼む」

心強い仲間が増えたと、モルガナがバックの中から言う。
周りの人には猫の鳴き声にしか聞こえないらしいそれを気にして、来栖は静かにするようにとモルガナを咎める。
そんな二人のやり取りを眺めて――クマは元気だろうかと思う。
「センセイ!」と呼ぶ声が聞こえるような気がして……今度稲羽へと行くときはもう少しゆっくりして、クマに、仲間達に会ってこよう思っていた。
だがまずは、関わる事が出来た事柄について知っておかなければならない。
モルガナと来栖の会話が終わったのを確認して、鳴上は他の仲間の名前も教えて欲しいという。
坂本竜司、高巻杏、喜多川祐介、新島真。そして来栖暁とモルガナ。
今現在の仲間は6人という事になる。
鳴上は――サポートはするつもりだが、彼らの仲間になるつもりはなかった。
怪盗団に入りたくないから仲間にならない訳じゃない。
過去の経験上、彼らはこの先もずっと「仲間」で居られる。
だからこそそこに、学生ではない自分が入るのは、憚られた。
共に闘うと言う意味では「仲間」かもしれないが、本当の意味の「仲間」にはなれない。
とは言え、闘いに手を抜くつもりもないが。
それにそのことは鳴上が自分で分かっていればいいことだ。
彼らに告げる事でもない。
この先どうなるかなんて分からないが、彼が真実に辿り着くことを願っていた。

時間を確認し、二人分の会計を済ませファミレスを後にする。
一人になって、改めて再び闘いの日々に身を置いたのだと実感していた。

この先に一体何が待っているのだろうか。
イゴールとベルベットルームの住人が悪神に囚われているらしい。
その件と「怪盗団」が何も関りがないはずがないのだから。
それは経験上良く分かっている。
全く関りがあるように見えないそれらが交差するのは、一体いつだろうか。
自室に戻ったら、報告もかねて、ベルベットルームを訪ねようと思う。
ペルソナ全書から何体かペルソナも引き出して、闘いの準備を整えなければならないから。
出来る事ならば、彼らがあまり辛い目に合わなければいいと思いながら

――再び闘いの日々へ。



END



2017/02/19up : 紅希