■利己的

前日までの暖かい陽気から一変して、冷え込んだ夜。
現在気温0℃の天気予報を見た後、コンビニに買い物に出掛けた。
すれ違う人達の格好も、前日の暖かさに合わせた人、今夜の冷え込みに合わせた人が半々で。
『数字に表れた温度は誰の目にも同じに映るのに、寒さの感じ方は人それぞれなのね』
……なんて、どうでもいい事が頭をよぎった。

『暑い』『寒い』『丁度いい』

まるで、気温が悪いとでも言うように、ぼやいてしまうのは。
天気にしてみれば何て利己的な話なんだろう、なんて。
思うそばから、まさにそのぼやきが口元から零れた。

「「寒っ!」」

コンビニを出るなり、時任と2人でハモって身体を震わせた。
お天気お姉さんに言わせると、これが今の時期の“平年並”らしいけど。
ついこの間まで紅葉が見られたほどの暖冬だったのに急に冷え出すと温度以上に寒く感じる。
身震いした拍子に買ったばかりの中華まんを右手で握り潰しそうになって、時任が慌てている。
ほこほこと立ち上る湯気を目で追えば、夜空に白いものが舞っていた。

「おっ、雪だ!」

つられるように視線を空に向けた時任も、気づいて声を上げた。
横浜で雪が降るのは、この冬では初めてかもしれない。
そして、時任の記憶に残る雪の季節はこれが二度目なはずだ。
去年、“初めて”雪を見た時任は、“雪だるまってヤツ”を作り、“雪合戦ってヤツ”をしてはしゃぎ回った。

時任の頭の中では、言葉と昔の記憶が連動していないらしい。
言葉自体は前から知っていても、すべてが“初めて”のように感じる。
俺に拾われてから季節を一巡りして。
時任の中には、いくつもの“初めて”が積み重なっているんだろう。
思い出せる限りを数えてみようとして、その利己的な作業に笑いが漏れた。

時任の“初めて”の記憶は、ほとんどが2人で過ごしている時のもの。
その数が多ければ多いほど飼い猫を所有している証が増える気がする、なんて。
時任が聞いたら大げさに嫌がって見せそうな想いは、確かに利己的で。
そのくせ、自分にとって何の利益になるのか実感がない。

ただ、季節を一巡りしている間に自分の中にも生まれていた“初めて”に気づいて鳥肌が立った。
時任を拾ったばかりの頃、名前をつけると情が移ると葛西さんに言われたことがあったけど。
確かにその存在が俺に根付こうとしている。
そんな風に変わっていく自分のココロが、寒い。

「寒いからそれ、俺にも一口頂戴」

さっきとは違う意味で身震いをして、返事を聞く前に時任の手元から中華まんをほんの少しもぎ取る。
口に入れた熱い塊は、舌にピリッと辛みを残し腹の奥に落ちていった。



END



2019/12/28up : 春宵