■博愛主義
ここの返答は気を付けなければ、そう思う場面はこれまで何度あっただろうか。
流石に毎回あれだけあからさまな態度をとられたら、彼女達が自分にどういう感情を抱いているのかは分かる。
それが自惚れでないことも。
でも、特別な関係になりたいと思う相手は、絆を紡いで来た中には居なかった。
居なかったというより踏み切れなかったが正しいのかもしれないが。
仲間の中の誰かと特別な関係になって、万が一仲間同士ギクシャクする様なことがあったらと考えると踏み切れなくて。
それでもいいという覚悟も持てなかった。
自分一人が嫌な思いをするだけで済むのならばいい。
けれど、自分以外の誰かが、自分の選択のせいで嫌な思いをするのは嫌だった。
ならば、仲間以外の絆を紡いだ相手の中から選べばいいと言われたが――誰が言ったんだっけか。
「俺だよ! というかお前、俺の存在忘れてない?」
「……いつからそこに?」
「最初から! ってか会って早々考え込むのやめて下さい」
「竜司が返答に困るようなことを聞くから」
「お前何で誰とも付き合わないんだってのが、そんなに困ることなのかよ」
「何でと言われも、なあ。どう答えたら正解なのか分からない」
「正解ってなに!?」
どういうことだと喚く竜司を無視することにする。
絆を育むためだとか説明してもきっと分からないだろう。
双子の看守やイゴールの存在なんてどう説明すればいいのかなんて分からないし、それを説明せずに伝えられる自信などない。
まあ、毎回どの選択が正しいのかなんて考えている訳ではないが、時々自分の中に返答が二つあって、その時はどちらを選ぶのが正しいのかと考えていたから。
絆を紡ぐことで自分の力になると知ったのはいつだったか。
その頃から返答には慎重になっていった気がする。
「なあ、お前さ、分かってない訳じゃないよな?」
「何が」
「あいつらの気持ち」
「ああ、まあ、うん。一応は、分かってる」
「なら、なんで」
「……」
「贅沢だよなあ。俺だってモテたい!」
叫ぶ竜司を見て、溜息を吐き出す。
博愛主義のつもりはないが、仲間達は皆仲良くしていて欲しい。
仲違いの原因を自分が作りたくはなかった。
「貴方には何の関係もないでしょう」
取り調べの最中に何度か言われた言葉だ。
何故危険を冒して怪盗なんてやってきたのか。
一番最初の鴨志田の時は自分の退学もかかっていた。
けれど、最初から関わらなければ良かっただけのことだ。
そうすれば、退学にしてやるなんて言われることもなかったはずなのだから。
それでも、放っておけなかったのだ。
竜司も杏も。
誰一人、見捨てられなかった。
それが自分にとって良い結果にならないとしても、それでも構わないと思った。
と言うよりは、そんなことを考えさえもしなかったのだ。
助けたいと思ったから助けた。
絆を紡いで来た相手もそうだ。
怪盗行為の利益になるというのも、もちろんある。
最初はそう言った目的で近づいたのは確かだ。
けれど関わるうちに、皆がおかれている状況を無視出来なくて、放っておけなくて。
結果、絆を紡いだ相手から好意を持たれることになってしまった。
皆同じくらいに大切だし、その中の誰か一人を特別に想う事が出来ない訳じゃないが、そうすることで何かが壊れる気がして。
そうまでして誰か一人を選ばなければならないのかと思ってしまう。
そう言えば竜司はまた贅沢だのなんだのと言うだろうが、それが本心なのだから仕方がない。
ここに居られるのもあと僅か。
その間皆と楽しく過ごせればそれでいい。
そのために出来る事ならなんだってするから。
「まあでも、暁に特別な相手が居ないから、こうやって会う時間があるんだから良かったと思っておくか」
それに、お前にだけそういう相手が居るのは許せないとか竜司は叫びだす。
相変わらず煩いと思いながらも、その煩さに救われてもいることに気が付く。
そんなことを思っていれば、いい加減耐えきれなくなったのか、バックの中のモルガナが竜司に何か言い始める。
それに竜司が反発して、言い合いが始まる。
いつもの光景に、煩いと思いながらも思わず笑みが零れる。
出来る事ならば、この光景と共にずっと在りたいと、叶わないことを願う。
仲間達と過ごせる時間は、あと僅かしかないのだから。
竜司とモルガナの言い合いをBGMに、ここに来てからの日々に思いを馳せる。
最初はどうなることかと思ったが、案外楽しい日々だった。
あとは獅童の改心を待つだけ。
そうしたらあとは、ここに居られる僅かな時間を楽しく過ごせるだろう。仲間と共に。
そう、願って――いい加減煩くなってきた竜司とモルガナの言い合いを止める為に立ち上がった。
END
2016/11/12up : 紅希