■図書館

 放課後の市立図書館は今日もそれなりに混み合っていた。
 “それなりに”と言うのは完全に陽介から見た感想だけれど。
 いつ来ても閲覧席は埋まっているし、真剣に本を選んでいる人も結構いる。
 規模がそれほど大きくないことを差し引いても“繁盛”しているんじゃないだろうか。

 小さな街では趣味や娯楽が限られている。
 転勤が多い陽介の父親は『田舎はパチンコしか娯楽が無い』なんてよく言っているくらいだ。
 だから図書館の密集度も上がるんだろうか、なんて。
 また『都会からの転校生』と陰口を叩かれそうなことを考えてみる。
 けれど、案外これが普通の図書館の光景なのかもしれないとも思う。
 間違っても読書家とは言えない陽介には、“繁盛”しているように見えるだけなのかもしれない。

 「お、あそこ。席空いてるぜ」
 「ああ」

 陽介の繁盛観はともかく。
 実際に閲覧席の空きが少ないのを確認した陽介は、目聡く空席を見つけてバッグを置いた。
 一緒に来た鳴上も後に続く。
 窓際に面して設置された閲覧席は、他人の目を気にしないで調べ物をするのに丁度良さそうだ。

 今日、図書館に来たのはペルソナについて調べるためだった。
 もう何ヵ月も前から一連の事件を調べて来て―――
 テレビの中という異世界で戦って来て、先日、犯人と思われる少年が逮捕された。
 それなのに納得できない謎がまだ残っている。
 事件そのものも謎なのだが、ペルソナという特殊能力も十分謎だと、いまさら思った。
 それで、ここにきてようやくテレビの中の世界やペルソナについて調べてみようと思ったのだ。

 調べ物と言えば図書館。
 インターネットでも調べてみたが、HITする情報がピンキリでよく分からなかった。
 本で調べるなら、高校生向けがメインの学校の図書室よりも市立図書館の方がいいだろう。
 そう思って、2人ともバイトなどが入っていない曜日を選んでここに来ている。
 “相棒”と机で肩を並べていると、つい雑談でもしてしまいそうになるのだが。
 陽介はそれではダメだ、と仕切り直して自分に気合を入れた。

 「さて、やりますか!」
 「とりあえず、それらしい本を探すか?」

 鳴上は陽介の気合に静かに頷いて、図書検索パソコンに向かおうとする。
 当たり前なのだが、鳴上の後ろ姿はダンジョンで先頭を切る時と変わらない気がして。
 こんなちょっとした調べ物をする時でも、うっかり頼もしいなんて思ってしまう。
 陽介は無意識にその背中について行きそうになって、イヤイヤイヤと首を振った。
 (……何でわざわざ優等生な相棒を連れてきたか思い出せ、俺)
 自分に苦笑しながら、陽介は鳴上を呼び止めた。
 振り返った鳴上にバッグから出したA4サイズの用紙の束を渡す。

 「先にこれ、見てくれよ」
 「これは……図書館のペルソナ関連の本のリストか?」
 「ああ。けど、キーワード検索で引っかかったやつだから、関係ないのも結構混ざってるっぽい」
 「二重線で消し込んでるのもあるな」
 「この前来た時、中身見て絶対に違うヤツは消しといた」
 「……へぇ」

 いつになく用意周到な陽介に、鳴上は本気で感心しているようだ。
 鳴上が閲覧席に戻ってリストに目を通すのを、陽介は苦笑しながら見守る。

 ―――実は、陽介はこの調べ物を一人でやるつもりだった。

 皆で調べに来たところで、事件解決に役立つかどうかも分からない。
 無駄に時間を使うくらいなら、テレビの中に入った方がまだ得られるものがあるだろう。
 でも、もしも役立ちそうな情報が見つかったら、ラッキーじゃね?

 その程度で始めたことだから、最初は1人で図書館を訪れて関連しそうな本のリストを出した。
 けれど、いざ調べ始めると心理学の専門用語を解説するものばかりがHITしてくる。
 調べる気があっても中身が難しすぎて陽介には理解できない。
 噛み砕いて纏めてくれる助っ人がどうしても必要になって、鳴上に来てもらったのだった。
 それを用意周到だと感心されても、複雑な気持ちになってしまう。

 「役に立ちそうか、それ?」

 正直、本の中身以前に自分のキーワード検索が的を得ていたかどうかさえ自信が無い。
 一通り目を通した鳴上がリストを机に置いたのを上目遣いに見て、陽介は尋ねた。
 鳴上はコクリと頷いて陽介をホッとさせる。

 「陽介が消し込んでない本の中から使えそうなのを選ぼう」
 「おう!」

 ほんの数時間でも、調べるのに使った時間が無駄にならなくて良かった。
 思わず笑顔になる陽介に、鳴上も小さな笑いを返す。
 何か可笑しい事があったのかと陽介が見ると、鳴上はもう一度リストに目を遣ってから言った。

 「陽介はこういう調べ物、苦手なんだと思ってた」
 「……ははっ、まぁ学校の勉強でやるのは苦手っつーか嫌いかもな」

 ズバッと言い当てられては、素直に認めるしかない。
 授業で陽介が教師に当てられると、こっそり答えを教えてくれる鳴上の事だ。
 今さら学力を取り繕っても仕方ない。
 陽介の方も、自分を過信していないからこそこうして鳴上を伴って調べ物に来ているのだ。
 だが、実は興味を持ったことについて調べたり準備したりするのは、意外と嫌いじゃない。
 テレビの中で戦うために武器的なモノを店頭で振り回して補導されたり―――時々空回りもするが。
 そういう意味で全然使えないヤツだと思われるのは心外だった。

 「でも、オレ、結構マメに調べ物とかするぜ?」
 「そうか?……これ以外でやった調べ物って?」
 「……え?」

 からかったり嘲ったりする感じではなく単に興味を持って聞いてきたのか。
 表情の変化が少ない鳴上の考えが読めないまま、陽介は以前、図書館で調べたことを口にする。

 「…………………デートで行けそうなところ、どっか無いかなー、とか?」
 「……ああ……」

 心底納得した、という鳴上の頷きに、陽介は思わずムキになって説明を付け加えてしまう。
 図書館には地元のタウン情報誌のバックナンバーが揃ってて参考になるんだよ、とか。
 ちっちゃい街の遊び場とか、ネットのクチコミもほとんど無くて分かんないし、とか。
 転校生が地元の穴場スポット知ってるなんてスゴイーって感動されるんだぞ、とか。
 つーか女子とデートでカッコイイと思われるのって男子高校生として重要だろ、とか。
 言えば言うほど虚しくなってしまう。
 鳴上が静かに微笑みながら陽介の言葉を聞いているから、なおさらだ。

 「……はぁ」

 言っていて陽介は、その当時、誰とデートしたくていろいろ調べたのかまで思い出してきた。
 家が商売をしているから、観光ガイドには出て来ないような地元スポットに詳しくて。
 転校してきたばかりの陽介に興味深い遊び場所を教えてくれたりして。
 ジュネスでバイトしてることを悪く言われながら、なのに地元を好きなのが垣間見えて。
 そういう彼女さえも知らない場所を、どうにかして見つけたいと熱心に穴場を探した。
 もしも見つけられたら、それを口実にデートに誘えないかなと思い描きもしていた。
 もう使われなくなったその知識は、いつ何処で誰のために使われればいいのか。

 「……今度、一緒に行きますか。俺の調べ物の成果、見に」

 陽介のため息が聞こえたのだろう。
 こちらの表情を窺っている鳴上に視線を返すと、何故かそんな言葉がこぼれてきた。
 デートのために調べた地元のスポットに、男子である相棒を案内しても仕方がないのに。
 自分の言葉に苦笑して、気を取り直して本来の調べ物に戻ろうとする。
 そんな陽介についてきた鳴上は、隣に並ぶと返事を寄越した。

 「行く」
 「……はい?」
 「調べ物の成果、見せてくれるんだろう?」
 「……はい……って、マジ!?」

 思わず声を上げた陽介に、図書館の職員が咳払いで抗議してくる。
 スイマセン、と頭を下げながら、陽介を追い抜いて行った鳴上の背中を追った。
 迷いがないこの相棒の背中には敵わない。
 いつも思わされる敗北感を心地よく感じながら、陽介は鳴上と一緒に目的の本を探し始めた。

 (―――稲羽のデートスポットリスト、どこにしまったかなぁ……)

 家に帰ったら部屋をひっくり返さなくては、と心に決めながら。



END



2015/06/20up : 春宵