■一途な想い

 期間限定クエスト、痛みの森。
 『The World』内で伝説的になっているクエストが再び解禁された。
 前回行われた時は難易度が高くて2人しかクリアできなかったらしい、とか。
 それくらい難しいのならばクリア報酬は相当強力なレアアイテムなんだろう、とか。
 健全なRPGと言える範囲の噂ももちろんあるんだが。
 ある意味、『The World』らしい物騒な噂も付いて回る。

 痛みの森に挑んだPCが消える、というヤツだ。

 当然、気にはなっていた。
 1人のプレイヤーとしてただゲームを楽しんでいた頃ならば、冗談だろうと笑ったかもしれない。
 利用者を本気で困らせるようなクエストを運営側が設定するはずがないじゃないか、と。
 だが、クーンは―――そのPCを操る智成は知っている。
 運営側の意図しないところで、プレイヤーの命さえ脅かす危機が存在したことを。
 だから、それは決して“有り得ないこと”じゃないんだと身をもって分かる。

 困っている人が居るなら何とかしたいと思う正義感が疼く。
 そして今度こそは助けられる側ではなく助ける側になって活躍したいという思いも働く。
 一連のネットクライシスで懲りたはずでも、それはもう智成の性分のようなものだと諦めた。
 だから、ハセヲから痛みの森に挑むパーティメンバーの誘いが来た時には即OKした。
 以前は1人でダンジョンに入ることが条件だったが、今回はパーティで挑むことが出来る。
 PCが消えるという噂があるだけに1人で挑まないよう配慮したのだと、バイトの時にパイが言っていた。

 「よぉ、ハセヲ。久しぶりだな」
 「ああ」

 集合場所に指定されたカオスゲートの前に行くと、ハセヲが先に来て待っていた。
 すごく久しぶりに会うように感じられるのは、毎日のように顔を合わせていた頃の反動だろうか。
 PCのフォームを変えていなければ当たり前なのだが。
 “変わってない”と思えることが嬉しいような心配なような、複雑な気分だった。
 『The World』に端を発したネットクライシスはハセヲを中心とした皆の力でどうにか回避できた。
 未帰還者の意識を取り戻す、というハセヲの当初の目的もそれと同時にちゃんと果たせている。
 それだけ見れば成果は上々だが、ハセヲは喜びからは程遠い沈んだ様子にしか見えない。

 『燃え尽き症候群…のようなものかしらね?』

 パイはメガネを押し上げながら、クーン相手にそんな分析をして見せた。
 ………相変わらず、男心が分からないことで。
 本人に見咎められたら後が怖いから、クーンにリアクションを取らせずに智成は密かに苦笑したものだ。

 ハセヲは、確かに大事なものの多くを取り戻せたかもしれない。
 だが、欠けてはいけない存在を失くしたのも事実で。
 その誰かさんが、まるで極悪人のように吊し上げられているだけに心底嘆くことも出来ずにいる。
 リアルで交流がある訳でも直接聞いた訳でもないが、智成にはハセヲの胸の痛みが分かる気がした。
 頭の出来では敵わなくても、少なくともパイの分析よりは正しいだろうという自信がある。
 だから、思わず気遣う言葉を口にしていた。

 「大丈夫、なのか?」
 「なにが?」
 「ハセヲ! 遅くなっちゃってごめんね」

 何を気遣われたのか本気で分からない様子でハセヲがクーンに聞き返す。
 そのチャットにカブって呪療士の女の子が姿を現した。
 アトリと同じPCフォームだが、コスチュームの色が対照的な黒。
 ハセヲがネトゲ中毒者のようになりながら未帰還状態から助け出した相手、志乃だ。

 「検査が長引いちゃって。もう大丈夫だって言ってるのにね」

 数か月に及ぶ原因不明の意識不明状態から急に回復した志乃のリアルは、奇跡の生還者のような扱いになっていると笑い話のように語る。
 家族や医者が心配をして様々な検査を受けさせられているのだそうだ。
 無理もない事だと思う。………というか、我が身を振り返って思い出すことが出来る。
 智成もR:2になる前の『The World』をプレイしていて未帰還者になった事があるからだ。
 看護師を目指しているという志乃は珍しい検査を受けられる機会をプラスに考えているあたり、智成の卑屈な捉え方とはまったく違っているけれど。

 「………じゃ、行こうぜ」
 「ああ!」
 「うん」

 3人寄れば何とやら、ではないが。
 あのネットクライシスを越えた者同士が3人集まれば、何時間でもその事について話せてしまう。
 だが、期間限定クエストを攻略するために集まって談笑に時間を費やすわけにもいかないだろう。
 話す機会なんて、いくらでも作ろうと思えば作れるさ。
 そう仕切り直してカオスゲートから問題のダンジョンに転移した。

 延々と同じ構造の森の廃墟を進む『痛みの森』クエスト。
 100層あるとかないとか言われている単調な道をずっと進んで行くのには、なかなか忍耐力がいる。
 先頭を切って黙々と進んでいくハセヲの背を追いながら、つい考え事をしてしまう。

 ハセヲを置いて行った誰かさんの言いようではないが。
 本当に成長したもんだ、と思う。
 クーンが、智成が最初に会った頃、ハセヲは急かされてようやく後ろを付いてくるような頼りないPCで。
 かと思えば、怒りに任せて無茶をしたりキレてみたり手が付けられなくなることもあった。
 『The World』の危機について何も知らない無茶でワガママなガキ。
 ハセヲには悪いが、そんな印象を持っていたこともある。

 それが今はどうだろう。
 クーンだけじゃなく何人もの仲間が、その背中に付いて来ている。
 もちろんハセヲ側の見方が変わったせいもあるだろうが、判断を委ねるだけのリーダーシップがあると皆が認めている。
 だからこそ、あの危機を越えられたのだと思える。

 利用しようと思ってハセヲが強くなるように仕向けたと言うオーヴァンは―――
 オーヴァン“も”、その変わりようを密かに喜んだんじゃないか。
 自分も同じく利用する側として出会っているからこそ、智成はそう思わずにはいられない。
 ハセヲに強さを求めたオーヴァンの一途な想いと、オーヴァンの存在を求めたハセヲの一途な想いは確実に何処かで交わっている。
 傍から見ても、そう思えるくらいなのだから。

 「ふふっ」

 そんなことを考えながらハセヲを見ていると、隣を歩く志乃が不意に笑いを漏らした。
 何か可笑しいものでも見つけたのかと思って見ると、志乃はクーンの方を見て微笑んでいる。

 「オレ、何かオカシイこと、やっちまった?」

 何が可笑しいのか分からずに聞けば志乃は左右に首を振る。
 『違うの』と再び微笑んだ志乃は、今度はハセヲの背に視線を向けながら答えた。

 「クーン、お兄ちゃんみたいな顔、してた」
 「おにーちゃんみたいな顔???」

 はてな?……状態だった。
 そういうモーションが取れるなら、ぽかんと口を開けて驚いた顔を作っただろう。
 アトリが多少“電波”の入った受け答えをすることがあるが、志乃もそうなんだろうか。
 意図が分からないあまり、どちらにも失礼なことを思いながら言葉の続きを待つ。

 「オーヴァンがね、時々、同じような顔をしていたことを思い出したの」

 少し哀しみの混じった、けれど優しい声でそう言う志乃は、思い出を包み込むように胸に手を当てる。
 オーヴァンがリーダーを務めていたと言う“黄昏の旅団”として集う日々。
 今考えれば、その時すでにオーヴァンはAIDAに感染していたのだろうけれど。
 ハセヲや他の旅団のメンバーがじゃれ合うようにしているのを優しい目で見ていたのだ、と。

 「私たちが居なくてもハセヲが立っていられたのは―――きっとそうやって見守ってくれたからだね」

 ハッ…と。
 ため息なのか笑みなのか分からない声が智成の口から漏れた。
 ………これ以上ないくらい『参った』と思った。
 モルガナ因子という一般のPCには搭載されていない特別な機能を持つPCを操っていること。
 解決の“鍵”として働いたのはハセヲとオーヴァンで、それでも自分はハセヲの傍らで中心人物の一員に入っていたと思い込んでいたこと。
 両方の達成感を、志乃の一言で打ち砕かれたような気分になる。
 バルムンクのような皆に憧れられるヒーローになりたかった智成は結局、今回も見守る側―――脇役に終わった。
 そう宣告されたような言葉だったのに、噛みしめると何故か嬉しかった。

 代わりでも何でも。
 仲間の一途な想いを支える何者かで在れたのなら、それは。
 誰に気づかれなくても、ヒーローで在り得たのかもしれないと思えることだから。

 「ハセヲが志乃に憧れてた理由が、何か分かった気がするな」
 「え?」

 込み上げる温かい充足感に満たされながら、智成はふと思ったことを口にした。

 「………今の志乃、お姉さんみたいな顔、してたからさ」

 隣の綺麗なお姉さんに男子は憧れるものなんだよ、と。
 冗談めかして言うクーンの言葉に、志乃も声を出して笑った。
 そして、2人でハセヲの背に向き直って痛みの森攻略に身を入れ始める。

 ―――100層まで続くクエストが終わるのは、まだまだ先の事だ。
 


END



2013/03/17up : 春宵