■虚無 

ミスタルシア299の巡り。
 まもなく終焉魔法が発動し終わりを迎えようとしている世界で、私は騎士を待っていた。
 気配は、近い。
 耳をすませば、同行しているはずのモニカと語らう声が聞こえてくるようだ。

 「……これでようやく終わる……」

 200の巡りからずっとこの時が訪れるのを待ち焦がれて。
 彼らが私の前に現れると同時に訪れる“終焉”を思ってさえ、私の心は静かだった。
 ―――本来の歴史で、虚無を望み終焉魔法を発動させたのは、私だったという。
 騎士と仲間たちの手によって歴史は改変され、この299の巡りで終焉魔法を発動したのは私ではない。
 だが、今、私は世界を終わらせようとしている“堕天使”としてこの場に居る。

 世界にとっての悪として、騎士に殺されるためにここに居る。

 神を信じ、神の命は正しいのだと信じ、神の命に従う自分の行いは正しいのだと信じ。
 絶対神アルビテルに仕える天使だった私は、世界にとって災いとなる存在を幾つも幾つも葬ってきた。
 それが、世界の均衡を保つために神が仕組んだことだったと知った私は……
 “悪”だと信じて手にかけた命が、“悪”だと思わされていた何の罪もない者の命だと知った私は……
 確かに虚無を感じ、世界を無に帰そうと思ったかもしれない。

 騎士に出会っていなければ、そうしていたかもしれないという実感が、私にはある。
 私が罪を犯さずに済んだのは、紛れもなく騎士が居たからだ。
 神の命により、罪のない子供を殺そうとしていた私を騎士は止めてくれた。
 信じてきた神の在り方に疑問を持たせてくれた。
 それも、298の巡りで堕天使として一度は騎士の命を奪った、その歴史を経てなお私を救ってくれた。
 結果、神に逆らった反逆者という汚名を着せられ、堕天使として地獄に堕とされることにはなったが。
 騎士という光があったから、神を恨み、人を恨み、魔を恨み、世界を恨み、すべてを虚無に帰そうと思うことはなかった。

 お前と、私が滅ぼしたかもしれないこの世界が、300の巡りを越えて続くためならば、この命が無くなることなど惜しくない。
 そう思って、自らを終焉魔法を解く鍵とした。
 ましてこの身体は、私の反逆に怒ったアルビテルの力によって、激痛を感じ続けながらも死ねない呪いをかけられている。
 私が騎士の手にかかって死ねば終焉魔法は解除され、騎士を護り、世界を護り、私も苦痛から逃れられる。
 皆が幸せになる唯一の方法を、躊躇う理由などあるはずがない。

 「待っていたぞ、騎士よ…」

 せいぜい堕天使らしい顔をして、私の前に辿り着いた騎士とモニカとまみえる。
 手筈通り記憶を消されているはずの騎士は、私と共闘し終焉魔法を止めようとした過去を知らない。
 念のため、私と交わした言葉を覚えているか、と問うてもまるで覚えがないようだ。

 『私を倒し、ミスタルシアに未来を…!』

 200の巡りで伝えた私の願いを、騎士は記憶に留めていない。

 『私にも…騎士にも…そんなことできるものか!』
 『だってルシフェル…今のお前は…仲間だ!!』

 200の巡りから299の巡りに飛ぶ前、抗いながらそう叫んでいたモニカにも、その記憶は無いようだ。

 ……これで、心置きなく、騎士に殺されることが出来る。

 ふと息を吐いた隙に、モニカの第一撃、そして騎士の第二撃が炸裂する。
 最恐と恐れられた“堕天使”が、簡単に攻撃を許したことに、2人が怪訝な顔をする。
 記憶が戻らない限り、その答えを知ることのない彼らに向かって笑いながら、私はこれから来るはずの300の巡りを思った。

 騎士たちの記憶の中に、私がただの敵として残るだけだとしても……
 私と、騎士で創った新たな時代が、幸せなものであるように、と。
  


END



2017/02/26up : 春宵