■また、明日

夜の学校は不気味だと思えるほどに静まり返っている。
当然だが中に入ることは出来ない。
閉まっている門の外から真っ暗な学校を眺める。
昨年一年通った学校。
八十神高等学校。
ここで出会い、掛け替えのない存在となった仲間達は今もこの学校に通っている。

「また、明日」

そんな風に当たり前のように言っていた日々はもう終わったのだ。
だからと言って彼等との縁が切れたとは思っていない。
距離が離れても、ずっと仲間で居られるとそう信じている。
ただそう。
大切だと思うからこそ、巻き込んで良いものなのかと思ってしまう。

GWを利用して、悠は稲羽へと戻ってきていた。
戻ってくる。
そう当たり前のように思う。
ここは悠にとってもう一つの故郷なのだから。

戻ってきて見たのは、再び映ったマヨナカテレビ。
そして、陽介から完二とりせとクマが居なくなったと聞いた。
完二達を捜す為にテレビの中に入って。
そして、仲間と戦い――仲間以外のペルソナ使いも居たが――どうにか今回の件は解決した。
背を預け共に戦った仲間と戦うのを、躊躇しなかった訳じゃない。
ただそれでも、彼らを信じて居たからこそ、戦えたのだ。
結果、今回の件に関してだけは、何とか解決することが出来た。
事件解決、とは言えないが。
こんなことをした相手も、その目的も、分かってはいないのだから。
分かっているのはどうやら、狙われたのは悠達だと言う事で。
悠達のペルソナをシャドウに戻す事が目的だったらしいという事くらいだ。
誰が何のためにそんな事をしようとしたのか。
そして、どうやって悠達の事を知ったのか。
何も分かっていないし、こんなことをした犯人が誰だと言う事も分かっていないのだ。

また、事件に巻き込まれるなんてついてないな、なんて陽介は言ったけれど。
恐らくあの事件は、悠がこの町へと戻って来る事が切っ掛けとなって起こったのだろう。
ベルベットルームの住人であるマーガレットの言葉から、そう察することは出来る。
そしてそれは、これからもきっと続くのだろう。
周りの期待や希望を背多い、それに応える為に闘い続けなければならない。
どうやらそれが、悠に課せられた事らしいのだから。
今回の事件も恐らくはその一貫なんだろう。
これから先ずっと、悠の周りには闘いが付きまとう。
今回のような戦いから、自分自身との闘いまで、それは様々なんだろう。
今回の事件も――だからこそ、恐らくは、この事件は悠が動かなければ解決しない。
それに、大切な仲間を巻き込んで良いのだろうか。
多分彼らは、当たり前のようについて来てくれるだろう。
あの日々がそうだったように。

まだ、たった二か月だと言うのに、もう随分前の事のように感じる。
ここで過ごした一年は、闘い続けた日々だった。
得たモノも沢山あるが、失ったモノもある。
二度と経験したくないと思うような事も、何度もあった。
見たくない自分という、自分自身の影と対峙した仲間達は、悠以上に辛い思いをしただろう。
それが分かるからこそ、巻き込む事を躊躇う。
だが――。

「後で、言われるよな」

思わず呟く。
自分一人で事件を追えば、恐らくは陽介に、何で一人で行ったと言われるだろう。
その場面が容易に想像出来て、思わず笑う。
信頼していない訳じゃないのだ。
今回一人で戦ってみて、良く分かった。
戦い続ける日々の中、悠はいつだって一人ではなくて。
仲間を信頼し、背を預けていたのだ。
特に陽介に対しては、そういう意識が強かったように思う。
テレビの中に入れられた者が作り出したダンジョンの中、先頭を走っていたのはいつだって悠だった。
背後を全く気にしない訳ではなかったが、それは、シャドウの気配を探るというよりは、仲間の様子を探るという意味合いが大きかったように思う。
無理をしていないか、疲れていないか。
まだ進んでも大丈夫なのか。
気にしていたのはそんな事が殆どだ。
背後からシャドウが襲ってきた場合、陽介が対処してくれるだろうと無意識のうちに思っていたのだ。
だから悠は、前方のシャドウの気配と、仲間の様子を気にかけていれば良かった。
今回一人で戦ってみて、どうも背後からの敵に対しての対応が遅い事に気付き、戦い続けた日々の中、どれだけ仲間を、陽介を頼っていたのか思い知らされたのだ。
だから、一緒に戦って貰えるのなら、心強い。
でも、だからこそ、巻き込みたくもないのだ。
やっと手にした平穏な日々。
再び戦いの中へと彼等を引き戻していいものなのか。
彼等の日常を、壊してもいいのか。

真っ暗な学校を眺めながら考えて、けれど答えは簡単には出ない。
今回の事件で知り合った、悠達以外のペルソナ使い。
その中の一人、桐条さんには、もうこの件には関わらないようにとは言われている。
だが、関わらない訳にはいかないだろう。
狙われたのは自分達で――切っ掛けは間違いなく悠なのだろうから。
恐らく、悠が動かなければ事件は解決しない。
そうじゃなくとも、自分達が狙われたと分かっていて、何もせずに居られるような性格でもない。
幸い、と言っていいのかは分からないが、戦う力を持っているのだから。

これからも、こんな事が降りかかって来るのだろう。
それは、いい。
闘い続けろと言うのなら、そうするだけだ。
けれどそれは、あくまで悠に課せられたものであって、陽介達を巻き込んで良いものではない。
既に巻き込んでしまっているのだから、今更だと言われそうだが、それでも。
巻き込みたくない。
せっかく得た平穏な日々を、手放すような事をさせたくないのだ。
また、何かを失わないとも限らない。
もう、何も失って欲しくはないし、失いたくもない。
仲間が傷つく姿など、見たくはないのだから。

真っ暗な学校をしばらく眺めて、ふぅ、と息を吐き出す。
これ以上ここに居ても仕方ないだろう。
そう簡単に答えは出ない。
ふぅ、と再び溜息を吐き出した途端、背後から聞こえてきた小さな声に、悠はゆっくりと振り返った。

「普通、こんな夜に真っ暗な学校を眺めてたら、不審者にしか見えないだろ。……妙に様になってるのが癪に障るって言うか、何というか」

ぶつぶつと小声で呟く陽介を眺めて、悠は言葉を紡ぐ。

「陽介、どうしたんだ。大丈夫か?」
「こんな夜に真っ暗な学校眺めて立ってる奴に言われたくねぇよ」
「それもそうか」
「何やってんだよ、こんなところで。捜したんだぞ」
「……捜したって、何か用か?」
「お前さ、携帯どうしたんだよ」

言われて初めて、携帯を部屋に置いてきた事に気付く。
昨年一年この町で過ごしたが、その間携帯を手放したことなどなかった。
取り敢えず今回の事件が一段落したことで気が抜けているんだろうか。
こんなんで、陽介達を巻き込みたくないなんて笑えるなと思う。
だがそれでもやはり、出来る事ならば巻き込みたくはないのだ。
無理だろうとは分かっているが。

「……部屋に置いてきた」
「電話しても出ないから、お前の家まで行った」
「……悪い」
「まあ、行ったけど、お前の家についたら、時間が遅い事に気づいて、どうしようかと思ってたら堂島さんが出て来て、さ」
「その場面が容易に想像出来るな」
「仕方ないだろ。あんなことがあったばかりなんだから」
「……悪い」
「それで、何してんだよ、学校の前で」
「ああ、学校見てた」
「だから、何でこんな真っ暗な学校見てるのかって聞いてるんだ。分かってんだろ、お前」

誤魔化しなど通用しない事は分かってはいたが、やはり、と思う。
とは言え、何故ここに居るのかについては、明確な答えはなかった。
「また、明日」と当たり前に言っていた日々が懐かしかったのか。
それとも、他に何か理由があるのか。
分からないから、そのまま答えてみる事にする。
陽介が聞きたい事はそんな事じゃないと分かっているし、そんな事で追及を免れられるとも思ってはいないが。
それでも、そう答えたい気分だった。

「俺も、何故ここで真っ暗な学校を見ているかは分からない」
「だから――、お前、ホント分かってて言ってるだろ」
「ああ」

肯定すれば陽介は深い溜息を吐き出す。
言えと視線だけで訴えられやはり誤魔化しは効かないかと苦笑する。
どういう反応が返ってくるのか、どんな事を言うのか。
大体の事は想像出来る。
巻き込みたくない等と言えば、巻き込まれるなんて思ってないと言うだろう。
ベルベッドルームの存在を知らない陽介に、マーガレットの言葉を告げる事は出来ない。
だがもし、それを告げたとしても、陽介の態度は何も変わらないだろう。
だからこそ、躊躇う。
巻き込みたくはないが、一人で戦うのが無謀だと言う事もまた、分かっているから。
桐条さん達に協力を仰ぐというのも、考えた。
陽介達を巻き込みたくないのなら、それが一番だろう。
彼女達ならば、陽介達をあの犯人から守ってもくれるだろうから。
そうしようかとも考えたのだ、実は。
彼女達を信頼出来ない訳じゃない。
だがやはり、背を預ける事は――出来ないだろうから。
誰かと共に戦うのなら、陽介達とが良いと思う。
安心して背を預けられるのは、彼等だけだから。
ならば――共に戦いに出向いて、守り守られるしかないんだろう。
皆で行って、皆で帰って来られるようにするしかない。
だから――覚悟を決める。
彼等を巻き込む覚悟を。

「大丈夫だ。もう、覚悟出来たから」
「……ホント相変わらずだな、お前」
「いや、陽介のお陰だ。お前がここに来なかったら、一人で戦いに行ってたかもしれない」
「だろうと思った」
「今回の事件、恐らくは俺が切っ掛けだと思うが、それでも、一緒に行ってくれ、頼む」
「言われるまでもねぇよ。お前一人で行かせるわけないだろ。そんな事したら、完二とりせとクマが大騒ぎする」

完二とりせとクマが大騒ぎして、陽介がどうにかそれを宥めようと四苦八苦する様子が浮かんで悠は思わず笑う。
「笑いごとじゃねえ」と言う陽介の言葉に、悠は更に笑った。
”俺が切っ掛け”と言う部分に突っ込まないでいてくれる陽介に内心で感謝する。
突っ込まれても詳しく説明は出来ないから。
悠自身、多分陽介なら突っ込まずにいてくれるだろうと思い、言ったのだが。
相変わらず空気を読む男だと悠は思っていた。

真っ暗な学校を眺めて他愛もない話をする。
昨年一年ここで過ごした日々の、何でもない日常の話。
当たり前の楽しかった日々の話は、事件があったことなど微塵も感じさせない。
けれど、楽しかった当たり前の日常の中に、非日常的な事件があったのも事実だ。
また同じように非日常的な事件が起こり、その解決の為に動き出す。
闘い続けるのが運命だと言うのなら、闘い続けてやろうと改めて思っていた。
その度に彼らを巻き込むことになるのかもしれないが、仲間だと思えるのは彼等だけで、巻き込めるのもまた彼等だけなのだから。

「また、明日」

ここで過ごした日々の中、良く交わした言葉を交わして陽介と別れる。
明日は皆で集まることになっている。
またきっと賑やかなんだろうと思いながら、微かに笑う。
煩いと思える程賑やかな者達の顔を思い浮かべながら、月明かりに照らされた道を堂島家へと向かう。
立ち止まり一度だけ月を見上げて、そしてまた歩き出す。
決意を、新たに。



END



2013/04/27up : 紅希