■約束

アナグラへと帰還して、エントランスを足早に突っ切る。
オペレーターのヒバリにミッションが無事終了した事を伝えて、ソーマは自室へと向かうべく足を進めた。
途端に、携帯端末がメールの受信を知らせる。
携帯端末を取りだして、受信したメールを開いた。

メールの送信者は、リンドウだった。
リンドウの部屋へと来るように、という内容。
それを見て、そう言えば今日だったかと思い出した。
初めてリンドウと会った6年前から、毎年この日に送られて来るメール。
無視してリンドウの部屋へ行かなければ、リンドウがソーマの部屋へと来て、無理矢理に連れて行く事もまた、経験上分かっていた。
今日は、ソーマの18回目の誕生日。
自身が生まれた事で母親が死亡したと思っているソーマにとって、誕生日というのは祝うモノではなった。
エレベーターに乗り、自室へと向かいながら、思いを馳せる。
6年前、ゴッドイーターとしてフェンリル極東支部へと配属になるまで、ソーマの周りに居たのは研究者達で。
ソーマを研究対象としてしか見ていなかった彼らが、ソーマの誕生日など知るはずもなく。
唯一の肉親である支部長もまた、ソーマの誕生日を祝うなんて事はなかったから。
6年前の今日、「誕生日おめでとう」とリンドウに言われて、それが初めて誕生日と言うモノを祝われた瞬間だった。
自身の誕生に、良い思いなどなかったソーマは、リンドウのその言葉を素直に受け入れる事が出来なかった。
この6年の間、リンドウのメールを無視して、部屋へと行かなかった事もある。
そうすれば、リンドウはソーマの部屋へとやって来て、無理矢理リンドウの部屋へと連れて行くのだ。
6年前のあの日から毎年この日になるとメールが来て、「おめでとう」と言われる。
そうして、また来年も祝ってやるからと、約束とも呼べない約束をする。
祝うと言っても、特別な事をする訳じゃないのだ。
おめでとうと言われた後は、食べて飲んで、他愛もない話をするだけなのだ。
最初は嫌悪感と戸惑いしかなかったが、最近はそれを嬉しいと思えるようになってきた。
そんな事、絶対にリンドウに言う気はないが。

自室へと戻り、神機を置いて、ソーマは自室を後にした。
リンドウの部屋へと着き、扉をノックする。


「開いてるぞ」


中から聞こえて来た声に、ソーマは扉を開いて部屋の中へと入った。


「お、来たか。意外と早かったな」
「タイミングが良かっただけだ」
「そうか。――誕生日おめでとう。お前も18か……早いな、もう6年になるんだな」
「そうだな」
「また、来年もちゃんと祝ってやるから」


この6年間、その約束が破られる事は、なかった。
だから、その約束がある限り、来年の今日もメールが届いて、今日と同じような日を送る事が出来る。
その約束がある限り、来年の今日まではその存在が此処にあるはずだから。

フードを外したソーマの頭を撫でるリンドウの手を振り払って、ソーマはソファへと腰を下ろした。
それを見たリンドウもソファへと腰を下ろす。
テーブルの上に既に用意されているビールの缶へとリンドウは手を伸ばした。
ソーマは、アルコール以外の飲料の缶へと手を伸ばす。
互いに缶を開け、片手にそれを持って、無言で缶を触れあわせる。
鈍い音が響き、それを合図に始まる二人だけの時間。
日常と何も変わらないように見えて、けれど確かに違う時間。
誕生日に祝いの言葉を貰って、二人で過ごす時間が当たり前になっていた。
そしてそれは、ずっと続くものだと思っていた。

他愛もない話をして――と言っても、話しているのは殆どリンドウで、ソーマは相槌を打つ程度なのだが。
そんな、時間を過ごして、気付けばソーマはソファに沈み込むようにして目を閉じていた。


「おーい、ソーマ。寝るなら部屋に戻れって」
「此処でいい」


ソーマの身体を軽く揺すって声を掛ければ、鬱陶しそうな声が返る。
それでも目を閉じたままのソーマを見て、リンドウは仕方なさそうに溜息を吐きだした。

どうせ部屋に戻ってもソファで寝るならいいか――と、思う。
それにしても、以前は絶対にソーマはリンドウの部屋で眠る事はなかった。
どんなに眠そうにしていても絶対に自室へと戻って居たのだ。
それなのに。
いつ頃からだろうか、ソーマがこんな風にリンドウの部屋でそのまま眠ってしまうようになったのは。
6年前、ソーマの誕生日を知り、自室へと呼び、おめでとうと告げたあの時の事を、忘れる事はきっとないだろう。
驚いたように目を見開き固まるソーマの姿。
誕生日を祝うというのは、何も特別な事じゃないはずだ。
けれど、あの時のソーマの反応を見る限り、祝われた事などなかったのだろう。

手を伸ばし、眠りに落ちたソーマの髪にそっと触れる。
嫌がる風がない事を確認して、そっとその髪を撫でた。

――生まれて来てくれて良かったと、本当にそう思っている。

聞こえないと分かっていて、そう小さな声で告げていた。


「さてと、それじゃあ俺も寝るかね」


そう言ってリンドウは立ち上がる。
寝台に近付いて毛布を一枚とって、ソファで眠っているソーマにそっと掛けた。
そうしてリンドウも寝台へと横になる。
明かりを消して、目を閉じた。

18回目の誕生日が、終わりを告げる。
また来年――その約束が叶えられると信じて。


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2010/10/17up