■赤く染まる(side:S)

アラガミを倒し、消えて行くその姿を眺める。
ソーマがフェンリル極東支部に入隊して、四年の月日が過ぎていた。
ソーマはリンドウが隊長を務める第一部隊に所属している。
今日のようにソーマが独りで任務に出る事を快く思わないリンドウは別の任務に出ている。
出会った当時と比べてリンドウは忙しくアナグラにいない事が多いから、こんな風に独りで任務に出てくるのは容易かった。

赤く赤く大地を染め上げる夕日。
その光景があの日と酷似していて、ソーマはその場から動く事が出来なかった。
あの日大地を赤く染めていたのは、夕日だけじゃなく、ソーマ以外の三人の仲間の血もあったのだけれど。
任務に出ているリンドウがこの光景を見て、そして戻ってソーマが独りで任務に出た事を知れば、間違いなく迎えに来るだろう。
当時の事を知っている者はリンドウ以外にも何人かいる。
サクヤやタツミ辺りは、今ソーマがいるこの場所まで送ってくれと言うリンドウの頼みを断らないだろう。
迎えに来るのを待っている訳ではないが、動く事が出来ない。
ただただ眼前に広がる赤い光景を眺めていた。

赤く赤く染まった大地に赤く染まったソーマがただ独り立っていたあの日。
そう言えばあの日以来だったなとソーマは思い出す。
独り任務に出たソーマが中々戻らない場合、リンドウが迎えに来るようになったのは。

あれは、ソーマが入隊して約二年経った頃だった。
当時の第一部隊の隊長はリンドウではなくて、その当時の第一部隊の隊長と他二人、ソーマ以外は皆ベテランと呼ばれるゴッドイーター達と任務に出たのだ。
あの時の第一部隊の隊長は、まだ子供だったソーマを随分と気に掛けていたように思う。
あの日、エントランスにいたソーマを、一緒に任務に行くぞ、と連れ出したのだ。
ソーマ以外の三人にとっては簡単な任務、万が一の事なんて起こりようもない万全の体制。
何かあったら守ってやるぞ、なんて事をソーマに言ったのは、三人の内誰だったか。
その言葉に反発するソーマを見て、三人は笑っていた。
あの時は確かリンドウは、別の任務に出ていた。

無事アラガミを倒し、帰ろうとした瞬間、感じた気配にソーマは立ち止る。
どうした? と聞かれ、アラガミだと答えて走り出せば、ソーマとほぼ同時に他の仲間も走り出していた。
辿り着いた先に居たのは、見た事のないアラガミ。
だが、一体だから問題ないだろうと皆が思っていた。
新種のアラガミは、攻撃パターンも弱点も分からないからどうしても倒すのに時間が掛る。
そのせいなのか分からないが、まるで呼び寄せられるようにアラガミが次々集まって来たのだ。
後から集まって来たアラガミは、雑魚と言って良いアラガミばかりだったが、数が多い。
同年代の子供に比べたらソーマは体力もある方だが、それでもやはり大人には敵わない。
一番最初に体力的に限界に近付いたのは、ソーマだった。
逃げろという隊長の声が響く。
守ってやるって言っただろと言ったのは、誰だったか。
直ぐに追いかけるから、先に行ってろと言ったのは、誰だったのか。
素直に従うつもりなんて、なかった。
だが、悔しいが他の三人はソーマよりも強かったし、今の自分が此処に居ても戦力にならない事も分かっていたから。
何度も逃げろと言われて、漸くそれに従う。
アラガミから離れるように数歩走った所で、背後から聞こえた声に、ソーマは立ち止り振り返った。
見えたのは倒れている二人の仲間の姿と、辛うじて応戦している隊長の姿だった。
倒れている仲間二人はアラガミに喰われていて、もう助からないと分かる。
二人分の血で、地面は赤く染まっていた。
戻ろうと足を踏み出した途端、「来るな!」と隊長の鋭い声が響く。
その声の鋭さに、足は止まる。
「逃げろ」と続けられる声は余裕がなくて――だけど逃げる事も出来ずにその場に立ち尽くす。
何故アラガミはこっちに来ないんだろうと、そんな事をぼんやりと思っていた。
隊長が膝を着くのが見えて、ソーマは我に返る。
急ぎ駆け寄るソーマの目の前で、隊長の腕がアラガミによって喰いちぎられる。
そのまま倒れた隊長の身体から流れる血が、地面を赤く染めていた。
バスターソードを構えて、アラガミに斬りかかる。
あれ程居たアラガミも、残るはソーマの目の前の一体だけだった。
必死だった。
湧き上がる感情が何なのか分からない。
ただ、目の前のアラガミをこのままにしておく事は出来なかった。
怒りなのか悲しみなのか、分からない感情に突き動かされるように、アラガミに斬りかかる。
どうにか倒して、地面に突き刺すようにした神機に身体を預けた。
肩で息をするソーマの耳に、小さな声が届く。


「逃げろ、って……言った、だろ」


ソーマだからこそ聞き取れた隊長のその声。
急ぎ近付けば、まだ辛うじて隊長の息があった。
リンクエイドをするが、分け与えた力がそのまま流れ出るような感覚がして、どうにもならない。
何度も何度も繰り返しても、分け与えた力は留まってくれない。
頭が無事な限りは、ゴッドイーター同志ならリンクエイドすれば大丈夫なんじゃないのか。
そう思ってみても、どうにもならない。
分け与える力よりも、流れ出る命の方が多いせいなのか、全く効果がない。
既にソーマの回復錠も尽きていて、本当に僅かしか分け与えられないのが歯がゆい。
それでもとリンクエイドをしようとした途端、隊長の小さな声が届く。


「ソーマ。もう、いい」


その言葉を首を左右に振って否定すれば、隊長は困ったように微笑む。
神機を持っていた方の手が上げられて、倒れている隊長の傍に座っているソーマの頭に乗せられる。
その手が弱々しくソーマの頭を撫でて、そして――ぱたりと地面に落ちた。
ソーマの目が見開かれる。
急ぎ再びリンクエイドしてみるが、先程までも効果がなかったそれは、やはり効果がない。
それきり隊長が言葉を発する事も、閉じられた目が開かれる事も、なかった。
その場に座ったまま、ソーマは動く事が出来なかった。
服を赤く染めているのは、仲間の血なのか自分の血なのかも分からない。
不気味なほどに赤い夕日が、赤い血で染まった地面を更に赤く染め上げていた。

立ち上がり、その場に立ち尽くす。
ソーマが立っている辺りは、夕日よりも更に濃い赤で染まっていて。
ソーマ自身も、彼らと自分の血で、赤く染まっていた。
凄惨な光景だった。
何故自分だけが此処にこうして立っているのかも、分からなかった。
その後の事をソーマは良く覚えていない。
帰投時間を過ぎても戻らないソーマ達を心配して、携帯端末に連絡を入れたらしいが、連絡は取れなくて。
リンドウと他何人かの仲間がソーマ達を捜しに来たらしい。
そして、その場の光景に皆が驚いたようだ。
ソーマはリンドウに引きずられるようにしてアナグラに戻ったらしい。
どうやらそのままリンドウの部屋へと連れて行かれたらしいと気付いたのは、翌日になってからだった。

翌日、目を覚ましたソーマは、部屋に染みついている嗅ぎ慣れた煙草の匂いに、自分がリンドウの部屋にいる事を知り驚く。
それだけじゃなく、リンドウの寝台で何故かリンドウと一緒に寝ていたらしい。
しかも何故か、自分のモノじゃな服――恐らくはリンドウのモノだろうが――を着ている。
しかもかなり大きい。
袖も裾も随分と折られているが、それでも大きい服が何となく癪に障る。
何故リンドウの部屋でリンドウの服を着てリンドウと共に寝ているのか、さっぱり分からなかった。
一体何があったのかと考えて、そして昨日の出来ごとを思い出した。
途端に、リンドウの声が聞こえて――手が伸びて来て、その手がソーマの身体を寝台へと引きずり込む。
再び寝台へ横になって、しかも何故かリンドウに抱き締められるような形になって、どうにか抜け出そうとするが出来なかった。
今日は休みだからゆっくり寝てろと言われて、伝わってくる温もりに抗えなくて、眠りへと落ちて行く。
先程思い出した昨日の出来事は、頭の隅へと追いやられていた。

赤く赤く大地を染め上げる、不気味な程に赤い夕日は、あの日の光景を思い出させる。
思い出せば未だに立ち尽くしてしまう程に、凄惨な光景だった。
あんな光景を見るくらいなら、あんな思いをするくらいなら、独りで居た方がいいと思う。
自分に関わったせいであんな事になったのだとしたら、尚更だ。
だが、それを良しとしない者が、ソーマの傍には居るのだ。
近付いてくる足音を、ソーマの耳が拾う。
やっぱり来たかと思い、ソーマは溜息を吐き出した。
ふわりと漂う嗅ぎ慣れた煙草の匂い。
隣に立つ気配がして、リンドウの声が響いた。


「ソーマ。帰投時間とっくに過ぎてるぞ」
「分かってる」
「ほら、帰投準備しろって」
「……ああ」


返事はするものの、ソーマはその場から動こうとはしない。
赤く大地を染め上げる夕日を眺めたまま、立ち尽くしていた。
リンドウの手が、ソーマの頭に触れて、そのまま引き寄せられる。
抵抗する暇もなく、ソーマはリンドウの肩の辺りへと顔を押し付けるような形になる。
突き飛ばす気にもなれずに、ソーマはされるがままになっていた。
赤い夕日が見えなくなった事で、ソーマはほっと息を吐き出す。
ソーマの後頭部の辺りにあったリンドウの手が背へと下りて、そっと宥めるように軽く叩く。
そしてその手は、ソーマから離れて行った。
リンドウの手が離れたとほぼ同時に、ソーマもリンドウから離れる。
途端にリンドウの普段通りの声が響いた。


「ああもうこんな時間だ。俺まで怒られるだろう。早く帰るぞ」


それだけ言って歩き出すリンドウの後を着いて、ソーマも歩き出す。
一度だけ辺りを赤く染める夕日を見て、その場を後にした。

何も言わずにいてくれる事をありがたいと思う。
絶対に言わないが、こんな日だからこそ迎えに来てくれた事にも感謝していた。
だが、だからこそ関わってはいけないと思う。
「俺に関わるな」
そう、普段通りに言えば良いだけなのに、何故なのか言葉にならない。
肩に担いだ神機が、やけに重く感じた。

助手席に乗り込むリンドウを見て、ソーマは運転席へと乗り込む。
そのまま、言葉を交わす事もなく、アナグラへと向かって車を走らせた。

結局、迎えに行ったのに直ぐに戻って来ないリンドウも、ソーマと共に怒られる事になる。
二人が解放された時には、辺りを赤く染めていた夕日は沈み、闇に包まれていた。

辺りを赤く染める夕日からは、未だに解放されない。
いつになったら解放されるのか、それは誰にも分からなかった。

互いに言葉を交わさないまま、それぞれ自室へと戻る。
戦いに明け暮れる変わらない日常が、明日も来るのだろう。
赤く染める夕日に、囚われたまま――。



END
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2011/05/13up